新コーナー「大人の読書感想文」
いい大人が小僧の様な気持ちで書く読んだ本の感想文。完全に趣味のコーナー。ブログってこういうの書く場所でいいんですよね。
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「大学三回生の春まで、実益のあることなど何一つしていないことを断言しておこう」
この本の冒頭の一文だが、大学生活で実益のあることをした人物なんて存在するのか、と思う。そんな学生はよほど立派な志と目標と、何かに対する圧倒的な狂信を持った学生であることだろう。
いや、世の中には確実に立派な学生が存在する。勉学に励み、将来への展望を持ち、努力を重ねて確実に将来の実益へ向けて歩を進める学生だ。みんながみんな自分と同じだと思ってはいけない。
俺に至っては大学三回生の春どころか、大学生活すべてにおいて実益のあることなど何一つしていないことを断言できる。何なら生まれてこのかた実益のあることなど現在進行形で何一つしていない。見ろ。現にこんな文章を書いている。
さて、そんな言葉と共に幕を開けるこの「四畳半神話大系」。下鴨幽水荘の四畳半に住む「私」を中心に様々な奇人変人に囲まれて過ごす、選択によって変わる4つの並行世界の出来事を綴った長編小説だ。
凛とした黒髪の美少女「明石さん」、主人公の住む下鴨幽水荘の住人であり奇妙なものを自分の弟子に貢がせて仙人のような暮らし向きの「樋口師匠」、そして他人の不幸で飯が三杯食える主人公の悪友「小津」。そうした人物たちと関わり、時にひどい目に遭いながらも大学生活を送る主人公。そんなキャラクターのおかしな暮らしを硬派な文章で綴っている。
前記したように、この作品は4つの並行世界を章ごとに分けて、一つの選択によって変わることと、けして変わらないことを下鴨幽水荘の四畳半を軸に描かれている。
たとえば、主人公はピカピカの一回生の時に4つのサークルから1つを選ぶのだが、その選択によって変わるものも変わらないものもある。まぁ、読んでいただければわかることだが、起るべきことはどの様な選択をしようとも必ず起こるべくして起こる。そして、同じ場所に行きつく。それはあたかも手狭であれど(住人にとっては)快適な四畳半における暮らしのように、手の届くところにあるものを取ったところで四畳半の本質が変わらないように。
ただ、それはけして悪いことではないと思う。
人は皆自分のあるべき場所を持っている。求めているものと違っても、手に触れられる何かがすぐにとれる自分の居場所。それはそれぞれの四畳半だろう。使っているベッド。使っている携帯。呼んでいる本。この文章を映し出すパソコン。そして自分に様々な(良くも悪くも)影響を与える友人たち。
その四畳半の中では多くの選択の積み重ねによって起こる出来事もあるだろう。だが、自分の四畳半の大きな何かは変わらない。「四畳半神話大系」の主人公である「私」の四畳半には様々な事柄が手に届くところにある。それは何かとの繋がりなわけで、自分はどうあっても孤独にはなりえない証明なのだと思う。その四畳半は愛すべきものだ。
森見登美彦氏がそんな意図を持って、この作品を書いたかどうかはわからない。が、俺にはそうしたことを言いたかったように、それに気づかせたかったように思えてならない。それは森見氏からのある種の愛であろうと思う。その愛に対して、俺からはこの感想文をささげたいと思う。これが俺なりの愛ですわい。
森見氏は言うだろう。
「そんな汚いもん、いらんわい」