ブログネタ:どんな子どもだった?
参加中俺はよく忘れ物をする子供だった。
例えば、「明日、雑巾をもってこい」と言われれば見事に雑巾をピンポイントで忘れ、給食係になれば給食の白衣を忘れ、体育で縄跳びをするといえば縄跳びを忘れ、宿題を出されれば確実と言っていい程忘れていた。ていうか、宿題をやるやらないに関わらず宿題のプリントやらドリルやら自体を家に忘れてきていた。揚句に、旅行に行けば初日に着てたものを全部忘れてきたこともある。
そして、その忘れ物を咎められればヘラヘラと笑ってごまかすような、まぁ、有り体に言えば「ナメたガキ」だったように思う。
そんな中でも一番記憶に残っている忘れ物がある。
あれは小学五年生くらいの事だろうか。当時、少年ジャンプで連載されていたスラムダンクがアニメ化され、大ヒットし、世の中は空前のバスケブーム。俺もブームに乗っかってバスケにハマり、三度の飯よりバスケが好きだった。いつもバスケのことばかり考えていて、口を開けば毎回こう言ったものだ。「バスケが…したいです」
まぁ、創作された思い出話はこの辺にして本題に戻ろう。当時バスケが流行っていたのは本当で、放課後みんなでバスケをして帰るのが習慣になっていた。
その日もみんなでバスケをやり、いい汗をかいて、そろそろ暗くなってきたので帰ろうということになった。当時、バス通学なんていうふざけた通学手段をとっていた俺はバスを待つのが面倒になり、歩いて家路についたのだった。
薄暗い帰り道をボンヤリしながら歩く。夕方の薄暗さは不安を煽り、子供だった俺の歩くスピードを沈む夕日で伸びた影の頭を踏み越える程に速くさせた。色々と考えながら気を散らしつつ、やっと家に着いた時の安堵感はいまだに覚えている。
そして、翌朝。勉強は嫌いだったが割と学校自体は好きだった俺は、その日も張り切って家を出ようとした時に気付いた。
あ。
ランドセル忘れた。
前日の校庭でのバスケを思い出してみると、やる前には持ってた。確実に持ってた。で、ランドセルを置いてバスケをやって、暗くなってきたから帰ったあたりからランドセルの記憶がない。
色々な情報を総合すると、ていうか、どう考えても校庭に忘れてきた。
ランドセルみたいなデカイ物を忘れるなんてどうかしてる。大体、背負ってない時点で何で気付かないんだ。
その日、手ぶらで登校した俺は「もう、忘れ物なんかしない」と心に誓った。
その直後、ランドセルを忘れたおかげでその日の宿題どころか教科書すら忘れていることに気付いて早くも誓いは破られることとなる。
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職場の人達と焼肉を食いに行った。
柴田ヨクサルの漫画のセリフに「焼肉は偉いよ!うまいから偉いよ!」というのがあるけど、その通りだと思う。焼肉はうまい。そして、偉い。
とは言っても、俺はあまり友人と焼肉には行かない。何故かと言うと、毎回自分が食いたいものを注文するとあまり馴染みがないのかドン引きされるからだ。
ちなみに、どんなものを注文するのかを軽くリストアップしてみると
・レバ刺し
・豚足
・千枚刺し
・ハラミ
・レバー
・ホルモン
・ミノ
・ハツ
・コブクロ
と、まぁ、とにかく内臓系ばかりを注文しがちで、みんなに引かれる。ただ、これに関してはこちらにも主張がある。これらのメニューは何も味覚が大人になって美味しく感じるようになったわけではない。子供の頃からこのメニューなのだ。
というのも、小さい頃によく焼肉に連れていってくれた近所の会社の社長がこんなもんを俺に食わせまくったおかげで俺の中で焼肉はすっかりこのメニューで定着してしまったのだ。三つ子の魂百まで、とはよく言ったもので、いまだにこの習慣が抜けない。
しかも味覚に関しては焼肉に限ったことではない。寿司屋に行けば酒のつきだしの白子だのアンキモだのを好んで食っていたし、旅行に行けば串に刺さった鮎の塩焼きを食いたいと泣いて騒いだこともある。
だから、小さい頃から「お前は酒飲みになる」と予言のように言われ続けたものだった。
今、それを思い出しながら思う。俺は何で酒をあんまり飲めないんだろう、と。
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この文章を書いてて思ったことがある。
忘れっぽい子供だった俺の最大の忘れ物は「子供らしさ」だったんじゃないだろうか。
多分、忘れてきたんだと思う。胎内に。