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前回は中学時代の話をしました。今回は高校時代の話の導入になります。
受験を何とか乗り切り、高校への入学で胸が高鳴る中終えた入学式。新しいクラスメイトができてワクワクしながら一日を終えました。
だが、翌日にはそんなことがあったのが嘘のように学校に行けませんでした。授業初日の出来事。当然母はびっくり仰天。
もちろんのことですが、中学時代の最後らへんも母の愚痴を聞かされる日も多々あり、父に付き添ってどこかへ行くことも減らなかったので当然ストレスはたまっていました。それが早々に爆発してしまったのです。
新しい場所への不安というものも重なってしまい、本当に行けなくなりました。
その後少しして、母はとんでもないことを言い出しました。
「学校の近くに家を借りれば何が何でも行けるでしょ。だからお父さんを説得して。」
そう言われた私は少しは反論したものの、言いくるめられて結局父に説得しに行かなければなりませんでした。
父からは「それで本当に行けるのか?」と言われ、当然私は「わからない」としか答えられませんでした。
ですが、「それだったら借りない!」の一点張りだった父に対して、結局私が「行けるようになると思う」、そして「行きます」と言わざるを得なくなりました。
それから一か月ほどして、家を借りましたが結局行けたのは最初の数日だけでした。
父からはなぜかあまり何も言われませんでしたが、母からは「なんでここまで来てるのにいけないの!!!」とよく言われました。
そのほかにも「ここにこんだけお金かかってんのよ!」や「あーあ、金の無駄遣いだわぁ」といった、あたかも自分がお金を払って迷惑をこうむっているという感じの言葉をかけられました。
これらの言葉を聞きたくないがためにイヤホンでガンガンに音楽を聴くと「耳が悪くなるから」や音漏れしている歌詞を聞いて「なんていう曲を聴いているの!!」とも言われました。
この時の精神状態的に聞いている曲はもちろん病み曲。「それを聞いていないと辛いんだから聞いているのになぁ」と思いながらももう反論する気はとうになくなっていました。
そんな感じの毎日が続き、結局冬になって単位をおといてしまい留年か転校かという話になりました。
その後いろいろあり、転校で通信制の学校に通うようになったというのはまた次回にでもします。
最後まで見てくださりありがとうございます。
今回は少し短めでまとめたつもりで千字近くになっちゃいました...(笑)
本文では次回は通信制の学校の話にしていますが、この後に投稿されるのは最近の話です。毎日17時5分の投稿はこの内容(途切れないようにあと少し頑張ります)、そしてそれ以外では直近あった話や思い出した話等をしようと思います。
よろしくお願いします。