親父は釣りが大好きだった。
釣りの腕もけっこうなものだったらしく、周りのひとたちから師匠扱いされていた記憶もある。
自分が子供の頃、6月1日は、鮎釣りの解禁日で、毎年その日は仕事をサボって、仲間と必ず鮎釣りに行っていた記憶がある。
そして父親の命日がなんと、6月1日なのです。
亡くなっ時に周りの釣り仲間の方々が、なんと嶋さんらしい命日だと語っていたのを思い出す。
あ、てことはこの年は鮎釣りに行っていないのか?
でももしかしたら、魂だけ病院から抜け出して川の様子を見に行っていたかもしれないな。
もしそうなら嬉しいな。
うちの父親は、昭和を代表するような日本のお父さんという感じで、怒る時に殴るのは当たり前だったけど、めちゃしっかりしていて、根性があって最高の男だった。
最後の一週間は箪笥に紐をつけて、誰の力も借りずに自分の力で起きあがっていた。
病院に行って検査の後ドクターに、もうお酒は飲めませんと宣言されると、おれの耳元で、「しょうがない、これからはビールだけにするか。」と呟いたり、
いよいよ入院が決まって、救急車が家に来た時、西部劇で捕えられるガンマンのように抵抗したり、病室にいよいよ入る前に、肩を貸していたおれの耳元で、
「ゆうじ、後でクルマを裏に回しとけ。」と言ったり、
当時はわからなかったけど、今は男として魅力のある父親だったなって思う。
自分は本当に親不孝者で本当に申し訳ないんだけど、涙が出るくらいに愛しています。
今日は墓参りに来たんだけど、何年ぶりだろうと思い出せないくらいに久しぶりだし、お金ないからお供え物もろくになくて、ただ好きなビールと、おれの好きな赤と紫と黄色い花を供えて、お墓の水を変えた。
お墓に供えた水と花がきらきらと輝いていた。
心にいっぱい申し訳ないという気持ちがあっても、お墓をきれいにすると、少し気持ち良くなれる。
ありがとう。