




通り「観光地」として扱うには物足りなく、また現地への案内板なども不十分なので市内の方でも存在を
知らない方のほうが多いと思われます。 ちなみに私はここへ向かう際に迷子になりかけました(汗)
年季の入った案内板によりますと、1927年(昭和2年)に「親愛知新聞社(現・中日新聞社)」が『全愛知県下
新十名所』を県民からハガキ投書で募ったそうなのですが、その結果、「相生山」が第五位に入選。 当時
この「相生山」を名所として開発していた「高岡徹宗(徳林寺関係者)」さん達が、集められた約2000万枚もの
ハガキを納める為に設けたのが「葉書塔」だったそうです。 建立も1927年(昭和2年)との事です。
こうして「相生山」のシンボルとして知られるようになった「葉書塔」ですが、「第二次世界大戦」の混乱を
きっかけに、次第にその存在が忘れられてしまったそうです。 しかし、劣化が著しくなった「葉書塔」を
再興させる活動が建立より60年が経過した年にはじまり、「相生山名所保存会」「郵政関係機関」などの団体や
個人の協力の下で「葉書供養棟」として生まれ変わったそうです。
現地では「葉書塔」と「葉書供養塔」の2つの表現があったのですが、それらの案内板が設置された時期により
表現が異なる理由が"建立60周年"の前後にあったようです。 また「葉書塔」に関して詳細な説明が記された
看板が存在するのですが、残念ながらその看板も劣化が著しく、一部が読み取れなくなっていました。