
まして、何故か神社名に『首塚(くびづか)』と添えられておりました。 「首塚」と言えば、一般的には
「戦国時代」において、戦に敗れて討ち取られた兵士の首を供養する為の塚なのですが、こんな風に表立って
表記するものでしたっけ?
「葉森(はもり)神社」は「愛知県丹羽郡扶桑町(にわぐんふそうちょう)高雄北羽根」にありまして、看板下部に
あるとおり、歩行距離で300mでした。 その名前からするに、鬱蒼と木々に覆われた場所にあるのかと思い
きや、木どころか草すら生えていない場所でした。 鳥居や車止めなどが石製で綺麗でしたので、再建か
移設でもされたんでしょうか?
まだこの一帯が「村」だった戦乱の時代、頭部に「刀傷」を負った「僧兵(そうへい、武装した僧侶)」が「敗走
(はいそう、戦に負けて撤退する事)」し、村へ迷い込んで来たそうです。 瀕死の状態の僧兵を見た村人は
手厚く介抱しましたが、傷は深く一命を取り留めることは出来ませんでした。
僧兵は村人からの介抱にいたく感謝し、絶命の直前に『村人達の頭部に災いがないよう、死後、子々孫々に
渡り加護する』旨の言葉を残したそうです。 その亡骸は村人によって葬られ、その場所には「祠(ほこら)」
が建てられて「首塚」と呼ばれるようになったそうなのですが、そこを参拝すると「頭部」にまつわる怪我や
病気が治癒・回復したそうです。 それが今の「葉森神社」と言う事なんです。
要は「首」から上の、「目」や「鼻」や「耳」などに関してご利益があるようなのですが、画像の看板に書かれて
いるご利益に「学業成就」とあるのも、やはり「頭」に関するものなんでしょうね。 由来を知って「首塚」に
関する印象が少し変わった場所でした。 色々な言い伝えがあるもんですね。