日本人初の「F1ドライバー」となった「中嶋悟(なかじまさとる)」さんも、「愛知県出身」の方。 幼少の
頃に「岡崎市」の実家周辺が宅地造成される事となり、頻繁に走っていた工事車両を眺めている内に
「自動車」に興味が湧いたそうです。 レースに関わるようになったのは「名城大学附属高校」時代で
高校卒業後にはすぐさま「自動車免許」を取得し「ガソリンスタンド」に就職して資金を貯めたそうです。

デビュー戦は1973年開催の「鈴鹿シルバーカップ」で。 以降も様々な国内レースに参戦し続けて実績
を積みながらチャンスを待ち、1982年開催の「全日本F2選手権」の1レースでの優勝をきっかけに「F1
(フォーミュラーワン)」に参加していた「チーム・ロータス」の「テストドライバー」として「F1マシン」
に搭乗しています。 既に中嶋選手は29歳になっていました。

しかし、そう簡単には「F1デビュー」が訪れず、その後も「全日本F2」や「ル・マン24時間レース」「世界
耐久選手権」などに参加しつつ、1986年には「ホンダ」のサポートの下で「フォーミュラー3000」に参加
して成績を残すと、既に国内トップドライバーの地位は揺るぎないものとなっていました。

そして1987年、遂に日本人初の「F1ドライバー」が誕生。 これまで幾度とバックアップを受けたチーム
「ロータス・ホンダ」のドライバーとしてF1デビューし、日本に「F1ブーム」を到来させた立役者となり
ました。 しかし遅咲きデビューは精神的にも肉体的にも不利であり、実働は5年。 それでも80戦で
決勝74レース、通算ポイント16は誇れる成績ですが「表彰台(1~3位)」には僅かに届かなかった事が残念
でありませんね。 日本人初の「表彰台」の夢は、後継選手に託されています。

現在は「ナカジマレーシング」の監督として、さらに「レーシングスクール」を開催して新しいドライバー
の発掘と育成を行っています。 近年低迷傾向の「フォーミュラー界」を再び盛り上げるため、様々な
方面で手腕を発揮されているようです。