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既に当ブログでは紹介済みで、以降何度も現地を訪れていたのですが「伏見地下街」が設置されるきっかけ
や建設などに従事、尽力された方々の一覧が存在している事には全然気付いていませんでした。 今回は
『地下街系図』として通路に設置されていたものを一部抜粋してご紹介したいと思います。



   大名古屋市の中央部地下鉄伏見町駅と長者町とを結ぶ
   所に繊維センターと呼ばれる地下繊維問屋街を建設し産業
   并に都市の発展に供せんと熱意に燃える繊維業者が将来の
   繁栄を希望して立上った
   昭和三十一年五月二十五日長者町地下街繊維問屋協同組合
   を結成して同年八月二十八日起工越えて三十二年十一月十五
   日竣工落成式を挙行翌十六日開店した



「地下街」建設のあらましが、少々難しい表現で説明されていました。 冒頭に登場する「伏見町駅」という
のは現在の「伏見駅」の事で、開業当初より1966年(昭和41年)5月までの名称でした。 地上の「繊維問屋街」
と最寄の「地下鉄駅」とを結ぶ通路を建設して双方を結ぶに当たり、その通路にも「繊維問屋街」を設けよう
と言うのが「伏見地下街」の始まりでした。 但し、開業当初は「長者町地下街」と呼ばれていたようです。

『地下街系図』には上記のあらましに続いて「建設関係者役員氏名」が並んでいまして、「長者町地下街繊維
問屋協同組合」の理事長以下14名の名前と当時の「名古屋市長」であった「小林橘川」氏、さらに「施工企業」に
各設備工事を担った企業名、この碑の元となる"書"を書かれた方に、碑の鋳造元まで記されていました。

「伏見地下街」と「伏見駅」は直結しているものの「東山線・藤が丘方面」ホームの東端にある「東改札口」のみ
向かう事が出来まして、出口番号の設定はありません。 営業時間は7:30から20:30までで、日曜や祝日
は利用する事が出来ません。 他に地上からの出入口が5ヶ所存在します。
設置されています。