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「久屋大通公園」において広場の設置(命名?)が一番遅いのは、「名古屋市」と「シドニー市」間の「姉妹都市」
提携が遅かったから。 ではなく、広場に置かれる「いかり(錨)」のモニュメントが「シドニー市」から贈呈
されたから。 やはり「久屋大通り公園の広場」=「寄贈品置場」という構図は正しかった?!

「シドニー市」と「姉妹都市」になったのは1980年の事で、ここに「シドニー広場」が誕生したのは10年後の
1990年。 そしてモニュメントが贈られて来たのも『姉妹都市提携10周年』の名目で1990年の事。 これら
を踏まえると、どう考えてもモニュメントの置き場所となったが為に「シドニー広場」と命名されたとしか
思えませんね。 「シドニー市」が遅れを取ったが為に、こんな辺鄙(へんぴ)な場所に…

ここは「久屋大通公園」における最北端の地。 正直ここまで来る観光客なんていないでしょう…