




「玄関口」の存在ではありますが、利用者の数では隣接する「名鉄・新可児駅」に大敗… 「名鉄」とは
違って、支線のような「太多(たいた)線」の途中駅なので利用者の少なさは仕方が無い所ですが。
そんな「太多線」の途中駅にしては設備が充実していまして、「自動券売機」に「みどりの窓口」に加えて
「キヨスク」までもがありました。 さらには1928年の「太多線」開業以来、58年にわたって「可児駅」で
実働してきた「機械信号機」の展示も行われています。 これは当時の駅員に寄る活動のおかげで、現在
では姿が見られなくなった「機械信号機」が、こうして目にする事が出来るんだそうです。
駅は有人ですが朝7時から夜7時までの時間限定だそうで、お昼には食事休憩なのか無人となる時間帯も。
木造の駅舎に入り「自動改札機」のない「改札口」を抜けると、そこは「多治見方面」への1番のりば。
対岸の2番のりばが「美濃太田方面」となりまして、古くはホームの北側に構内踏切もあったようですが
現在では「歩道橋」のような「跨線橋」で、2つの「ホーム」が結ばれていました。
「ロータリー」は駅前にあるのですが「駐車場」が駅舎の対岸にあり、利便が悪い状態が続いています。
これにより駅周辺の「再開発事業」があるらしく「可児駅」の「橋上駅舎」化も検討されているとか。
これが実現すると東西を結ぶ「自由通路」も設けられて駅舎が無い側からの利用も便利になるそうです。
駅の開業は1918年で「東濃鉄道(現在の物は別会社)」による物で、当時の地名「可児郡広見村」より
「広見(ひろみ)駅」と名付けられていました。 1955年の「町村合併」により誕生した「可児郡可児町」
の町内の駅となった後は1982年の「可児市」の昇格に合わせて駅名を現在の「可児駅」に改めています。