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「東海道」に定められた53の「宿」のひとつ「御油宿(ごゆじゅく)」の存在から始まった「宝飯郡御油町(ほいぐん
ごゆちょう)」。 1959年に「豊川市」に吸収された事で町は消えてしまいますが、その宿場名は今も地名と
して、さらに駅名として残っています。 「名鉄・御油駅」は無人駅ですが「名古屋本線」上の駅です。

「東海道」に賑わいのあった頃とは違い、人の流れが「鉄道」に奪われた際に「御油地区」では悲劇が起きました。
現在の「JR・東海道本線」が日本の鉄道のはじまりと言っても過言ではないのですが、それが「愛知県」に
敷設された際には「豊橋市」から海岸沿いを走るルートが採用され、現在の「蒲郡市」を経て「岡崎市」へと
抜けています。 これにより「宿場町」として栄えた各地は、発展に遅れを取ると共に、同地域への「鉄道」の
誕生も、「東海道本線」の延伸から28年も遅いものでした。

駅の誕生は1926年(大正15年)で、当時はまだ「愛知電気鉄道(現在の名古屋鉄道、名古屋本線の前身の一つ)」
の駅としてでした。 さらに歴史ある『御油』を駅名に採用しようとしても、既に現「愛知御津駅(あいち
みとえき、豊川市御津町・旧宝飯郡御津町)」が先に「御油駅」を名乗っていたため、開業の際には「本御油駅」
を名乗り、1948年の「愛知御津駅」の駅名改称により、翌年になってやっと「御油駅」と名乗れました。

駅は「名古屋方面」「豊橋方面」それぞれのホームが向かい合う形で存在していまして、共に「豊橋側」の終端
に「駅舎」が設けられております。 これは2005年に「駅集中管理システム」を導入するに当たって新たに設け
られたものですが、以前も「駅舎」が存在し駅員も常時配置されていました。 旧「宿場町」のかつての賑わい
故と言えそうですね。 ただ現在は「普通」しか停車せず、日中は30分に1本のダイヤ。 駅の周囲には意外
と開発が進み住宅街が広がっていますが、当駅を利用するよりも、特急も停車する南隣の「国府(こう)駅」
まで向かう利用者のほうが多いようです。