



ありまして、「名古屋」における最古の「石橋」とも言われているようです。 その「石橋」は「二十五丁橋
(にじゅうごちょうばし)」という名前で、単に「板石」が25枚並べられている事からそう呼ばれています。
「名古屋甚句」にも登場しまして、「西行法師(さいぎょうほうし)」がこの地を訪れた際に歌ったようです。
その歌詞が「石橋」の袂に置かれていた「記念碑」に記されておりましたので、そのまま紹介させて頂きます。
アー宮の熱田の二十五丁橋でエー
アー西行法師が腰をかけ
東西南北見渡して
これ程涼しい此の宮を
たれが熱田とヨーホホ
アーアア名をつけたエー
トコドッコイ ドッコイショ
歌詞にもあるとおり「西行法師」は「宮(熱田神宮)」の涼しさに対して『熱田』と名付けられたかを歌にして
いるのですが、この『熱田』の由来は「尾張国吾湯市村(あゆちむら)説」や「年魚市潟(あゆちがた)説」など
諸説あるようです。