
「広小路通」などと交差しながら「中区大須四丁目」の「矢場町交差点」にかけての区間。 実際の「大津通」は
「北区城見通二丁目」の「城見通2交差点」より、「熱田区」の「地下鉄・伝馬町駅」付近までの別称のようです。
「愛知県庁」や「名古屋市役所」など官庁街を過ぎてきた「大津通」ですが、「大津橋」を過ぎて「丸の内三丁目」
に入った頃には景色は「ビジネス街」と変わり、さらに南下して「栄三丁目」まで来ると「メルサ」「三越」に
「LACHIC」「松坂屋」「名古屋パルコ」など大規模な商業施設が立ち並び、賑わいを見せています。
以降は「歴史の十字路まちしるべ」に記載されていた解説です。
大津町・朝日町が属していた通りです。 大津町は山城国大津の住人四郎左衛門が移り住んだことから
名づけられ、清須から移されました。 西に薬種問屋街京町があるからか、大津町には医者が多く住み、
江戸時代には外科医名束宗之、産婦人科医奈倉道伯、明治~昭和にかけては私立好生館病院の北川家・
佐藤家が有名でした。
※「名古屋市中区役所」に設置されている案内板「歴史の十字路まちしるべ」に記されている各「通り」を解説
している文章(画像参照)を、そのまま転載しております。