
から「三丁目」まで横断しています。 「錦一丁目」の西端、「堀川」に架かる「錦橋」からビル一軒分を北に
進んだ場所から「本重町通」は始まり、「二丁目」の繊維問屋を通過して「久屋大通(ひさやおおどおり)」を
過ぎた場所で「オアシス21」に阻まれるように終わっています。
以降は「歴史の十字路まちしるべ」に記載されていた解説です。
本重町・東本重町が属していた筋です。 本重町は清須では新町と呼んでいました。 新町に住んでいた
打物鍛治師が、夢のお告げに従って精魂込めて鍛えた刀に鶴重と銘を入れるようになり、新町は鶴重町と
呼ばれるようになりましたが、五代将軍徳川綱吉の養女鶴姫の名を避けて、本重町と改められました。
※「名古屋市中区役所」に設置されている案内板「歴史の十字路まちしるべ」に記されている各「通り」を解説
している文章(画像参照)を、そのまま転載しております。