
栄二丁目」にある「白川公園」の北側より「丸の内二丁目」の「外堀通」まで伸びています。 通り名の由来となる
「桑名町」は現在の「丸の内二丁目」内に存在しておりましたが、周辺には「桑名町」よりも「丸の内」の名前を
採用したビルなどの建物ばかりです。
以降は「歴史の十字路まちしるべ」に記載されていた解説です。
桑名町・桶屋町が属していた通りです。 桑名町は清須にあった北市場桑名町が移転した町で、芭蕉の
「冬の日」を編集した中心人物の山本荷兮(やまもとかけい)、蕉門の十哲(芭蕉門下の優れた十人の弟子)
のひとりである越智越人が住んでいました。 もともとは伊勢の国桑名の人々が多く住んでいたと
伝えられています。
※「名古屋市中区役所」に設置されている案内板「歴史の十字路まちしるべ」に記されている各「通り」を解説
している文章(画像参照)を、そのまま転載しております。