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画像にあります高層ビルは「名古屋市東区」にある「マザックタワー」と「マザック美術館」のもの。 本社はこの
ビルには無く「愛知県丹羽郡大口町」に位置し、主要な「製作所」は「岐阜県美濃加茂市」に集中していました。
ものづくり大国「愛知県」において、日本を代表し、世界に名を轟かす「工作機械メーカー」のひとつでした。

創業は大正時代の「1919年(大正8年)」で、創業者「山崎定吉」によって「名古屋市中区」にて「山崎鉄工所」を設けた
事によります。 当時はまだ「畳」を生産する機械を取り扱っていましたが、次第に「木工加工機」「工作機械」の
製造に着手されております。 「旋盤」「フライス盤」などの開発は戦前の日本軍の軍事力にも影響を及ぼしていた
そうですが、終戦後は「GHQ・連合国軍最高司令官総司令部」に目を付けられ、しばし生産中止に。

生産禁止が「1959年(昭和34年)」に解かれると、さっそくより高性能な機種を開発。 これを海外に向けて発表
すると1961年には「東南アジア」へ向けて会社初の「輸出」となり、さらに翌年には「工作機器メーカー」においては日本で初めてとなる「アメリカ」への「輸出」と言う栄誉も。 さらに翌年となる1963年に現在も社名に取り入れて
います「マザック」というブランド名を掲げておりました。

ちなみに「マザック」とは、世界へ進出する際にブランド名を設立する際、当初の社名「山崎」を英文「YAMAZAKI」に
したものの、欧米人が「YA」の発音が苦手と言う事からそれを除けて「MAZAKI」にしたそうです。 さらに「ローマ
字表記」を避けるために最後の「I」を抜いて「MAZAK(マザック)」と発音し、これをブランド名に定めたそうです。
ですが「MAZAK」のロゴの「M」部分には、除けられたはずの「Y」が隠れていました。

「1965年(昭和40年)」には、先に製作所を移していた「大口町」に「本社」も移し、1968年には待望の「海外拠点」を
アメリカに設立。 各種「マシニングセンタ」や「NC旋盤」などを次々開発する一方で、1974年には遂に海外での
生産を開始。 世界各国に拠点を設けつつも、1987年からは「工作機械製造業界」において"売上高世界一"を達成
し、それが現在も陥落していないと言う脅威の記録を樹立。 しかも翌年1988年には、イギリス製の工作機が
いよいよ日本へ逆輸入される程になりました。

会社の成長とともに社会貢献や環境活動も盛んになっており、「マザック財団」の設立や「技術者の派遣」などで
技術力の寄与を実施。 団体見学や作業体験なども実施して地域への繋がりも見せる中、2010年には画像に
あります「ヤマザキマザック美術館」を開館。 今までに無い、新しい"ふれあい"を目指すそうです。