イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

「守山区役所」の隣と言って良いほどの位置、「守山区役所交差点」を挟んだ向かい側の緑地帯にはひっそりと
石で作られた「道標(みちしるべ)」が建っていました。 記されている文字やこれまでの経緯は、横に建て
られていた「案内板」を見れば分かる… 剥がされてるー!

そんな「案内板」によると、江戸時代の「小幡」は北へは「竜泉寺(りゅうせんじ)街道」が伸び、さらに南へも
「笠寺(かさでら)街道」が伸びるなど、 「守山」における地理的な中心地だったそうです。しかも「竜泉寺
(守山区竜泉寺1丁目、龍泉寺との表記も存在)」と「笠寺観音(南区笠寺町、笠覆寺とも)」は共に「尾張四観音」
であり、その双方へと結ぶ「街道」の接点の地と言う事も当時にすれば「交通の要所」だったんですね。

石碑の四面には以下の通り記されていたそうです

東面:従是北竜泉寺道
北面:宝暦十三癸未年千日参是心
西面:馬頭観世音菩薩
南面:是より 里うせん寺

この「道標」があった場所より北側は「竜泉寺道」である事が、東側より見た際に分かるような表記。 さらに
南側から見た際に、この場所から「里うせん寺(竜泉寺)」への境内、もしくは参道と言う事を示していると
想像できます。 このような事から、この「道標」は「瀬戸街道」に置かれていたのではないかと言われている
のですが、実際に存在した場所は未だに解明されていないそうです。

北側は「道標」が建立された時代を表していまして、西暦では1763年にあたります。 また「馬頭観世音菩薩」
は「竜泉寺」の御本尊「「馬頭観音」を指しています。 もうすっかり刻印も劣化で見えなくなっていますので
「案内板」の手直しを御願いしたいですね。 なんで貼り付けるタイプにしたんでしょうね。