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「熱田神宮」の境内にひっそりと佇む「土偶」。 何故に「土偶」? 「熱田神宮」の周辺には「古墳」が多いので
この境内に「土偶」があっても不思議ではないのかも知れませんが、明らかに「記念碑」のような人工的な
設置のされ方をしているので違和感が尋常じゃないです。 しかも、その名称は「眼鏡之碑」?!

ちゃんと土台には「由来」が記されていましたが、正面の表記と異なり『眼鏡碑の由来』との表現でした。

 眼鏡業にたずさわる私達は、八尺勾■之五
百津御須麻流之玉を造らせ給う玉祖命(櫛明
玉命)を祖神として崇拝し、眼鏡の功徳に感
謝しつゝ、生業にいそしんでまいりました。
 今年は恰も、名古屋眼鏡商業協同組合六十
周年に当りますので、熱田神宮の御許可を得
て、縄文時代のめがね(遮光器)をつけた世
界に類を見ない貴重な土偶(青森県出土)を
、二科会彫刻部の重鎮、安藤菊男先生により
復元製作いただき、顕彰碑とし境内にて建立
広く国民一般の方々に啓蒙、精神文化向上の
一助にしようと念願するものであります。

昭和五十七年十月吉日
    名古屋眼鏡商業協同組合
        理事長 梅村孝則
    眼鏡碑顕彰会
        会長 津田庄三郎

※縦書きの文章を原文のまま、横書きに前文抜粋

注1≫■部分は旧字体に付き表現不可、「勾玉」の旧表記と思われます。
注2≫八尺勾■之五百津御須麻流之玉(やさかのまがたまのいほつみすまるのたま)
注3≫玉祖命(たまのおやのみこと)
注4≫櫛明玉命(くしあけたまみこと、くしあかるたまのみこと)

う~ん、よく分かりませんが「めがねをつけた土偶」ってのが実際に見つかっていて、それに肖ったという事
何でしょうね。 しかし「熱田神宮」にお願いして境内に建立した理由ってなんだったんでしょうね。 参拝
する人が多いので、より目に付くようにって事ならば、少し奥まった場所に置いているのも矛盾します。

文中に登場します「玉祖命」について補足しますと、「勾玉(まがたま)」等を製作する「玉造部(たまつくりべ)」
の「祖神(そじん、神として祭る祖先)」にあたるそうで、「玉祖命」自体もそのまま「勾玉」の製作者の意味でも
あるようです。 「勾玉の神様」と言う事でしたが「レンズ」の事を「玉」と表現することから「眼鏡業界」からも
崇められる様になったそうです。