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「名古屋」で大衆的な「ステーキ」と言えば代表的なのが「ステーキのあさくま」。 でも正式な社名は「株式会社
あさくま」だったんですね。 本部は「名古屋市天白区植田西2丁目」にありますが、店舗の「本店」は創業の地で
ある「日進市」に現在も置かれております。 意外にも「千葉県」や「静岡県」など、既に関東進出を果たして
いますので関東の方々も名前を知っている方がいらっしゃるようです。

1962年(昭和37年)に創業者である「近藤誠司」さんが、当時の「日進町赤池」にオープンさせた「ドライバーズ
コーナー・キッチンあさくま」がはじまり。 当時はまだ馴染みの無かった「ステーキ」を安価で提供した事や
「ペレット」と呼ばれる、肉を焼きながら食べるシステムなどアイデア満載の経営が好評で日本における郊外型
レストランの魁とも評されていました。 また店舗が増える際に「セントラルキッチン制度」をいち早く導入
して人件費の削減にも成功されています。 創業8年にして年商が10億円を突破していたんですね。

1974年(昭和49年)には関西進出(大阪府)、その5年後には関東進出(千葉県)を達成。 1985年(昭和60年)には
「茨城県」で開催された「つくば科学博覧会」の「アメリカ館」への出展が好評で、遂に「ロサンゼルス店」の開業
にて海外進出も達成! 順調な成長は100店舗突破などの功績を生むのですが…

1990年代の中盤より「外食産業」が深刻な低迷期を迎え、「あさくま」もその影響を大きく受けて売り上げが激減
してしまいました。 さらに「牛肉価格」の下落や提供する「肉質」の低下なども不振の要因となっていました。
そこで対策として採算の合わない店舗を閉め、従業員の大リストラも敢行するも経営不振から脱する事はそう
簡単な事ではありませんでした。 2006年には「外食産業」の運営を行う「株式会社テンポスバスターズ」との
資本・業務提携により「経営再建」を目指すそうです。

その結果は2011年より新店舗の出店再開や、年内の「フィリピン(マニラ)」「中国(上海)」への海外進出再開と
言う話からも分かるように良い結果が出たようです。 往年の輝きを取り戻す日は近いようです。