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「近畿日本鉄道(近鉄)」の「志摩線」において、非常に重要な役割を担う「白木(しらき)駅」。 周辺に
「観光地」はなくても、利用客が1日平均30人程度でも、かつては「有人駅」だった事がびっくりでしたが
案の定、現在は「無人化」されてしまったので、より一層寂しい駅になってしまいました… こんな場所に
位置してはいますが、大規模な「市町村合併」により所在地は「三重県鳥羽市」なんです。

開業は「志摩線」の前身である「志摩電気鉄道」によるもので、1929年に「鳥羽駅」から「真珠港駅」が開通
となった際に併せて開業していますが、その場所は現在とは異なるそうで、その関係か駅舎までには相当な
長さの通路が存在し、その傍らには「ホーム」が設けられていない不自然な線路が途中まで引かれています。

駅が現在の姿になるきっかけは1970年に実施された「標準軌化工事」によるもので、およそ3ヶ月の休止を
経て現在に位置に移転したようです。 さらに「志摩線」の運行本数増加に「特急」の運行時間短縮を図る
為に、移転によって敷地に余裕のあった「白木駅」にて「退避停車」が出来る措置が取られました。 この
「退避停車」がある為に「有人駅」であったのかもしれませんね。

「駅舎」は「鳥羽方面」への「4番ホーム」の西側にありまして、今でも「有人駅」時代の名残が多く残され
ています。 が、利用者の少なさからか「自動券売機」などは設置されておらず、窓口が閉ざされただけの
簡単な「無人化」でした。 そんな無人の「改札口」を抜けて、そのまま進むと「4番ホーム」へと辿り着く
のですが、途中にある階段を上り「跨線橋」を渡った先は「賢島方面」への「1番ホーム」となります。 
その間に存在するはずの「2番・3番ホーム」は「特急」などが「普通」を追い越す際に通る「通過線」に充て
る形で欠番となっているようです。

「特急」の運行時間短縮は1993年に当駅の南側に開通した「青峰トンネル」がさらに効果を発揮し、これに
より「通過線」の存在も大きな影響となっています。