



が管理している事もあって「県営名古屋空港」と言う愛称も存在するようです。 過去と混同しない為には
もうひとつの愛称だった「小牧空港」という呼び名を継続させるべきですかね? 実際にはその呼び名も…
開港、と言うよりも現在の地に「飛行場」がお目見えしたのは「第二次世界大戦」中の1944年(昭和19年)の事で
「旧日本陸軍」の「飛行場」として建設されました。 この際には既に「小牧飛行場」との呼び名が定着していた
のですが翌年に終戦を迎えた際には「米軍」の管轄下となり、それは1958年(昭和33年)まで続いております。
通常の旅客運航を開始するのは開港から8年後の1952年(昭和27年)の事でした。
1960年(昭和35年)には保有する路線の多さにより「第二種空港」に指定されまして、同時に名称は「名古屋空港」
へと改称。 施設も設備も立派な物となり、ついに1966年(昭和41年)には待望の「国際線」が就航しています。
空港名に代わりはないものの「愛知県」にも"国際空港"が誕生した訳ですが、「第二種空港」扱いには変わりは
ありませんでした。 「第一種空港」になっていれば、国による負担や助成などが豊富だったんですけどねぇ。
しかし開港40周年を迎えることには様々な問題が発生。 施設や設備の老朽化には「更新」という選択肢が
あったのですが、やはり「飛行場」が抱える共通の問題としましては「近隣への配慮」があります。 騒音は
もちろん、墜落のリスクなどはいつになっても問題が解決する事はないでしょう。 「新空港建設」や「代替地
移転」に向けて調査委員会が発足したのもこの頃。 現在の「中部国際空港(セントレア・愛知県常滑市)」誕生
へと繋がる訳です。
1998年(平成10年)に「中部国際空港株式会社」が設立した事によって、「名古屋空港」が終焉を迎える事が現実の
ものに。 その終焉は2005年(平成17年)2月16日の事で、「国際線」はもちろん殆どの「国内線」も運航を終了。
同時に「国際線ターミナル」も廃止されまして、かつての賑わいは完全に失われました。 翌日からは「愛知県」
の管轄・運営となり、「第二種空港」の指定も「その他の空港」扱いに。 そして名称も「名古屋飛行場」に改め
られ、運営が「愛知県」による事から「県営名古屋空港」と言う愛称も併せて誕生したようです。
2011年の当初は「フジドリームエアラインズ(FDA)」「日本航空インターナショナル(JAL)」による定期便の運行と
「ジェイエア(JLJ)」による「新潟」「高知」「熊本」への定期便が存在しておりましたが、残念ながら同年3月26日を
持って「ジェイエア」が「名古屋飛行場」から撤退してしまい、より利用者の減少へと繋がってしまいました。
もしかしたら「滑走路」を併用している「航空自衛隊・小牧基地」のほうが、「滑走路」を利用する機会が多い
のではないでしょうか?
ちなみに「名古屋飛行場」、もしくは「小牧空港」という名称ですが、その所在地は「飛行場」の運営会社である
「名古屋空港ビルディング株式会社」の所在地とされる「西春日井郡豊山町」、愛称にもある「小牧市」、占有面積
が3番目の「春日井市」に続いて「名古屋市北区」も「名古屋飛行場」がある市町。 但し敷地の大半を占め、施設
の所在地でもあるのは「豊山町」なので、この「飛行場」を「名古屋」と呼ぶのは…
ちなみに「名古屋市北区」は僅か2万平米ほど。 全体の数%なんです。