








「名鉄・尾西(びさい)線」の、北側の終着駅。 「尾西線」とは言うものの、実際は「名鉄一宮駅」
との間を「ワンマン電車」が往復しているだけで「森上駅」や「津島駅」方面へ直接向かえる訳では
なく、「名鉄一宮駅」で乗換えをする必要がありました。
との間を「ワンマン電車」が往復しているだけで「森上駅」や「津島駅」方面へ直接向かえる訳では
なく、「名鉄一宮駅」で乗換えをする必要がありました。
駅の所在地は「市町村合併」の関係で、現在は「愛知県一宮市」にあります。 当時の「尾西鉄道」が
1914年に「新一宮(現・名鉄一宮駅)」から「木曽川橋駅(1959年廃止)」間を開業させた際に誕生。
当時はまだ「途中駅」でして「島式ホーム」での列車行き違いが出来る構造だったようです。
「第二次世界大戦」に備えて一時的に休止となりましたが1951年には営業を再開。 ただし当駅より
北側の路線は休止が続いたままで、1959年には廃止されてしまっています。
1914年に「新一宮(現・名鉄一宮駅)」から「木曽川橋駅(1959年廃止)」間を開業させた際に誕生。
当時はまだ「途中駅」でして「島式ホーム」での列車行き違いが出来る構造だったようです。
「第二次世界大戦」に備えて一時的に休止となりましたが1951年には営業を再開。 ただし当駅より
北側の路線は休止が続いたままで、1959年には廃止されてしまっています。
現在も駅の北側には線路が続いていた跡がしっかり残っており、今でも路線を復活させる機会を狙って
いるかのようでした。 (※実際には架線の都合で一部が残されています) ホームにも列車行き違い
を行っていた時代の名残を見せる「屋根」が残っていましたが、2007年に「駅集中管理システム」や
「トランパス」が導入された際に新しい「駅舎」を建設して「自動券売機」に「自動改札機」が設置
され、「ホーム」も改修されて広くなり古い「屋根」は姿を消していました。 ただ以前の「駅名標」
が柵の外に立ったままなのが不思議な光景でした。
いるかのようでした。 (※実際には架線の都合で一部が残されています) ホームにも列車行き違い
を行っていた時代の名残を見せる「屋根」が残っていましたが、2007年に「駅集中管理システム」や
「トランパス」が導入された際に新しい「駅舎」を建設して「自動券売機」に「自動改札機」が設置
され、「ホーム」も改修されて広くなり古い「屋根」は姿を消していました。 ただ以前の「駅名標」
が柵の外に立ったままなのが不思議な光景でした。
駅前での「切符委託販売」も同時期に終えていましたね。