








ていますが、実は第一回大会は全く別の場所で行なわれておりました。 その場所はなんと「名古屋市内」で
現在の「昭和区」に位置する場所にあった「野球場」。 所在地より「八事球場」と呼ばれる場所でした。
その「野球場」は「名古屋市」の一般人が私財を投じて建設した事から「山本球場」と自らの名前を冠せて
いましたが、のちに「運輸省名古屋鉄道局(→国鉄、現在のJR東海)」が買収した事により所在地名を織り
込んだ「国鉄八事球場」と改称、さらに「国鉄民営化」によって「JR東海八事球場」と再び名を改めるも
1990年を持って閉鎖となり取り壊され、現在では幾つかの「マンション」が建設されております。
そんな「マンション建設」が完工する頃、「日本高等学校野球連盟」と「毎日新聞社」によって敷地の一部に
「記念碑」を置き、その一帯を「八事球場メモリアルパーク」として整備する事となり1992年5月に完成。
その「記念碑」が今回の「センバツ発祥の地」と呼ばれるものなんです。 形には何らかの意味・意図がある
んでしょうけども、上部に乗っている球体には「硬球」にある108の縫目がデザインされていなかったです。
台座には「第一回大会」の様子や「山本球場」の歴史などが刻まれ、さらに各大会の優勝高の一覧も、およそ
5年ごとにパネルが追加されて紹介されています。 また「記念碑」の建つ位置が在りし日の「山本球場」の
本塁付近である事もあわせて記されていました。
ちなみに「八事球場メモリアルパーク」ではボール遊びが禁止されていて、他にも「台座に上がる行為」や
「モニュメントやプレートに触れる行為」も禁止されていました。 ちなみに近くにいた子供はサッカーを
していましたが、せっかく「センバツ発祥の地」なのに、どうせなら野球を… ボール遊びは禁止だってさ。