





「熱田駅(名古屋市熱田区)」が開業したのが始まりでした。 もちろん当時はまだ「東海道本線」などの
路線名は定められていませんでしたが、そんな1886年に当「木曽川(きそがわ)駅」も開業しているんです。
実に125年も昔の話ですが、そんな長い「歴史」をもつ駅には貴重な「施設」が今も残されているんです。
かつては路線の西側に「民家」のような「旧駅舎」があったのですが、改装によって2008年より「橋上駅舎」
に様変わり。 併せて駅の東西を結ぶ「自由通路」の役割も担い、駅の営業時間外も通行する事が出来るよう
になっています。 また駅の東西出口一体も綺麗に整備されて「駅前ロータリー」も完成したのですが、その
「西出口」に古い建物を発見。 これが今回紹介する、貴重な「施設」なんです。
建物の名称は「駅倉庫」、「大正元年」に竣工した堅牢な「煉瓦造」の倉庫の中には「潤滑油」が備蓄されて
いたそうです。 何に使うのかと言いますと、線路上にある「ポイント(線路分岐器)」の稼動部に注油して
動きをスムーズにするものだったんです。 そういえば入口には『火気厳禁』という錆びたプレートが設置
されていますね。 駅と周辺の改修に併せて、元の位置からは少し動かされた上に向きも東西方向に入れ替え
られているそうです。 やはり入口は線路方向になっていた方が中の物の出し入れが容易ですもんね。
その「駅倉庫」の隣には「ビニールアーチ」で守られた木製の「柱」のような物が2本展示されていました。
これは2008年5月まで現存していた2代目「木曽川駅舎」に使用されていたもので、「駅舎」と「跨線橋」を
結ぶ「付卸旅客通路上家(つけおろしりょかくつうろうわや、いわゆる構内通路)」において、屋根を支えて
いた「柱」の内、2本を保存した物なんだそうです。 初代「駅舎」は1888年に竣工したものの、1891年に
発生した「濃尾地震」であえなく全壊。 翌年に立て替えられた2代目の「駅舎」が実に100年を超えて実働
していたんですね。 「明治時代」における標準的な構造を「平成」の時代にまで残されていた事は非常に
貴重ではありましたが、残念ながら取り壊されて現在の3代目「駅舎」がここに存在する訳です。
話を戻しますと「濃尾地震」での倒壊を教訓に、以降の「駅舎」は全て「木造」「煉瓦の基礎」「土台木と
基礎はボルトで固定」「木材同士の固定には隅金具とボルトを使用」など、細かな条件を定めたそうですが
個々に展示されている「柱」と「方杖(ほうづえ)」にはその条件に従って施工された様子が残されており
「耐震」面に於いても貴重な資料となっているそうです。
場所は「JR・木曽川駅」の「西口」とり、北へ歩いてすぐのところに"野ざらし"で展示されています。