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「愛知県知多郡南知多町」にある「名鉄・内海(うつみ)駅」。 駅北側には「ロータリー」がありまして
周辺の「宿泊施設」からの送迎車両や「知多乗合バス」が発着しています。 その「ロータリー」の入口
付近にあったのが、画像にあります「イルカ」のオブジェ。 傍には「内田佐七翁顕彰碑」の文字。

「江戸時代」の終わりの頃、この一帯には「内海船」と呼ばれる「廻船業」を営む集団があったそうです。
強い団結力と情報網、そして自力での商品調達から取引により「江戸」から「畿内」にかけて「食材」の
流通を中心に勢力を及ぼし、巨万の富を得ていたそうです。 

その中でも有力だった「内田家」。 今も当時の住居は「歴史的景観」としても、「南知多町」の手に
よって保存されていまして、定期的に内部が無料で公開されています。 明治時代に入った1878年、この
「内田家」の「4代目」として生まれた「内田佐七(うちださしち)」さんが、画像の「碑」に示されて
いる人物でした。 この方は若くして「内海町長(現・南知多町、合併前の一部)」に就任し、以後も
「知多郡会議長」を勤めるなど「南知多」の発展に大きく貢献したそうです。

その内容は「温泉郷」や「海水浴場」を整備して観光資源を設け、「温泉小唄」「内海音頭」を手掛けて
宣伝に活用、また観光客の輸送までをも考えて「内海自動車(現・知多乗合バスの一部)」を創設するなど
「南知多」の発展はこの方の尽力なくしてはありえなかったと言われるほど。 さらに「知多銀行」の
頭取も勤め、金融面でも「南知多」の成長を後押ししたようです。

1966年には「南知多町」よりそれらの功績が称えられて「名誉町民」に認定されました。 これは第一号の
栄誉であり、さらに1969年には「勲五等瑞章」が授章されていますが、残念ながら同年に92歳で亡くなられ
ていました。 これらの「オブジェ」と「顕彰碑」は末永く「内田佐七」さんを称える為に1995年に有志に
よって設けられたものだそうです。

あと、同じ「ロータリー」にはこんな「オブジェ」も存在していましたよ。