








ます「鳴海宿(なるみじゅく)」に関する「高札」を復元した物。 かつて「東海道」の宿場町のひとつに
属していた「鳴海」の町にはこんな決まり事があり、それを掲げていたんですね。
この「高札場」があるのは「名古屋市緑区鳴海町本町」ですが、実際にこの「高札」が掲げられていたのは
少し南側に下った所を通り「本陣跡」も面する、旧「東海道」の「本町交差点」の北東角だったと考えられ
ています。 当時はこの交差点一帯が「鳴海宿」の中心地だったそうですね。 そんな当時に思いを馳せつつ
「東海道宿村大概帳」という文献を参考に再現された5枚の物が再現されているのですが、現物が保管されて
いる「名古屋市博物館」によると大小8枚の「高札」が存在していたようです。 ココにはその内の5枚が掲示されていましたので下記に「高札」の内容を、案内板に記載されている通りに記しておきますね。
①太政官高札:慶応4年(1868年)
「徒党・強訴・逃散を禁ず」
②太政官高札:慶応4年(1868年)
「外国人への乱暴を禁ず」
③江戸幕府高札:正徳元年(1711年)
「キリスト教を禁ず」
④江戸幕府高札:慶応3年(1867年)
「駄賃人足賃を記す」
⑤太政官高札:慶応4年(1868年)
「五倫の道を記す」
⑥太政官高札:慶応4年(1868年)
「逃散を禁ず」
⑦太政官高札:慶応4年(1868年)
「キリスト教を禁ず」
⑧行政官高札:慶応4年(1868年)
「金札の流通の妨げを禁ず」