




設けられた、「徳川園管理事務所」が管理運営する「徳川園」は一般公開されている「日本庭園」。
その所在地は「愛知県名古屋市東区徳川町」と、そのまんま。 当時はこの「徳川町」全域がそのまま
「別邸跡地」だったと言う事なんでしょうか。
「元禄時代」に二代目藩主だった「徳川光友(みつとも)」によって整備されたもので「大曽根別邸」
と呼ばれているようです。 以降、邸宅としても利用されていた時期もあったようですが、昭和に
なってから「尾張徳川家」の末裔から「名古屋市」へ寄贈され、「第二次世界大戦」の戦火により
消失しています。 戦後になって改めて整備されましたが、2005年に新たに「日本庭園」として再整備
されて現在に至ります。
「池泉回遊式」の庭園で、配置された山は「木曽山脈」を、川は「木曽三川」を、湖は「伊勢湾」を
、「牡丹園」は「濃尾平野」に見立てて配置されています。 山脈から流れ出た湧水が滝から川を
通じて海に流れ出る様子を表しているのですが、これらは「別邸」時代にも存在していたそうです。
また植えられた木々は季節によって様々な彩に変化しながら楽しませてくれ、「牡丹園」や「菖蒲田」
でも季節に応じて花を咲かせます。
園内の建造物の「瑞龍亭」は茶室となっており、「徳川光友」の法名が由来となっています。 内部は
「尾州有楽流(びしゅううらくりゅう)」による仕様になっているようです。 「龍仙湖」の名の池を
挟んだ対岸の木々の中、梅や桃の木に囲まれた休み処「四睡庵」は文字通り隠れ里のような風景の中に
ぽつりと立っています。 湖の南に面して建つ「観仙楼」には様々な用途に対応出来る「ホール」や
「レストラン」「ミュージアムショップ」があり、ここからも庭園を望むことが出来
ます。
<アクセス>
「名鉄・森下駅」より南東へ徒歩15分
各路線の「大曽根駅」からは南西へ徒歩30分
また「市営基幹バス」ですと「徳川園新出来」停留所からが一番近くなります
また周辺には「徳川美術館」や「蓬左文庫(ほうさぶんこ)」もある事から「歴史ファン」が3施設を
まとめて訪問することが多いようです。 さらに3施設の「共通観覧券」も存在します。