





越しに見えた、大きな「人物像」の存在。 当時はまだ「名古屋ブログ」の影も形も無く、全く興味が
沸かなかったので素通りしていました。 あれから6年、やっと同じ場所へ戻ってきましたよ。
この地に聳える人物像は戦国武将「浅井長政(今の滋賀出身)」公の姿でして、画像の端々に写る方々に
お話を聞いてみると、この一帯はかつて「浅井家」が邸宅を構えていた場所だそうで、それを示す意味
でも「浅井長政」公の像を建てたんだそうです。 しかも、お話を伺った方が像を建立した方でした。
現地に置かれた石碑によりますと、まずは「浅井氏宅跡」の文字。 そして「浅井家家系図」と、この地
へ移り住む事となった経緯が記されていました。 要約しますと「浅井長政」公は「朝倉義景(あさくら
よしかげ)」との盟約により 「織田信長」と戦うも敗れ、1573年に自害にて29年の生涯を閉じました。
残された側室「八重の方」と子「七郎」が「美濃の国」に移ったのち、1592年にこの地へ移り住んで以来
「浅井家」の子孫が代々この地で過ごしたそうです。 当時は1500坪近い屋敷が建っていたそうです。
上記の要約は「春日井市議」の「河村廣康」さんによって、その敷地に建つ石碑に記された文を参考に
させていただきました。 また裏側の「浅井家家系図」は「昭和57年1月」に、「浅井家」の子孫と
思われる「浅井武雄」さんら3名によって設置されたもののようです。 そして「浅井長政」公の像の
土台にも同じ3名のお名前と共に「昭和五十六年十二月吉日建之」と記されていました。