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日本有数の「大根」の産地だった「春日町」、今でも「町の特産品」として「春日町公式HP」にて取り
上げられてはいますが、今現在ではお目に掛かる事が出来なくなってしまっています。 昭和30年代に
病気が蔓延してしまった事から作付けが減り、いつしか消滅してしまったといわれています。

「あいちの伝統野菜」に選定されている「青首大根」の原種である「宮重大根(みやしげだいこん)」。
その歴史は「江戸時代」から始まったと言われ、「宝永年間」から「享保年間」に掛けて名前の通り
「宮重」地区で栽培されていたことが確認されています。 その頃「鷹狩」でこの地を訪れた「徳川家」
の殿様が「大根」を食べ、その味に舌鼓を打った事から「献上品」となり「宮重大根」の名は全国へと
知れ渡ったと言われています。

「自然交雑」が容易な「大根」は品質向上しやすく、「献上品」だった事もあって改良は進み、品質の
優れたものが誕生しました。 また一帯が地質・気候から栽培に適していた事も有り「尾張地方」にて
栽培は進み、さらに「明治時代」には国からの指導も加わり品種改良に更なる成長が見られ「類似品」が
登場するほどに「宮重大根」の名前は全国に轟きました。 この一件を受けて「宮重大根採種組合」が
設置されて「種子」の管理や統一がはじまっています。

昭和初期には「宮重大根」が全盛期を迎え、「知多郡」や「碧海郡」でも栽培されるほど。 「鉄道」の
発達もあって遠方の地へも輸送されるようになりました。 しかし事態は一転、時代に迫り寄る「戦火」
のために古くから「飢饉」や「食料不足」を救ってきた「サツマイモ」の栽培が主流となり、「大根」の
生産は見る見るうちに減退してしまいました。 そこへ追い討ちを掛けるように病気が流行り、各農家が
他の野菜の栽培へと移った事も有り、いつしか「宮重大根」は消えてしまいました。

かつて「春日町」を代表する名産品として存在した「宮重大根」、それを復元しようという活動が町内に
ありまして、1992年に「宮重大根純種子保存準備委員会」が発足されています。 文献などから当時生産
されていた「宮重大根」の姿・形状に近い品種を、「宮重大根」に近いとされる3つの系統から交配合を
重ねて復元しようという取り組みが続いております。 残念ながら「春日町」が消滅してしまうまでに
復元する事は不可能となってしまいましたが「宮重大根発祥の地」である事はこれからも変わりません。

マスコットの「宮重ダイちゃん」、新しい「清須市」でも広報活動などで活躍して欲しいですね。