








は地元の英雄「山内一豊(やまうちかつとよ)」が生まれた場所としても有名ですね。 残念ながら現在
は姿を見る事は出来ず、「名古屋城」や「清洲城」のように再現もされていないので「観光地」などの
扱いはされていません。 ですが、ちゃんと「黒田城」が存在していた事を示すものはあるんです。
画像の住所は「愛知県一宮市木曽川町黒田字古城」。 見た目は隣接する「一宮市立黒田小学校」の敷地
の一部のようですが金網フェンスで区別されているので、敷地へは誰でも気兼ねなく出入りすることが
出来るようになっています。 それでも「黒田城」が存在していたと考えられる土地は、その殆どがこの
「一宮市立黒田小学校」の敷地に当たるとされています。 住所からしてもそうですよね。
「明応年間」に「相模国」出身の「五藤源太左衛門光正」によって築城されたのが始まりとされている
ものの、当時はまだ「屋敷」程度の規模だったそうです。 その後、「山内一豊」の父「山内盛豊」が
収めた際には隣国を監視する「城」として機能していたようですが「弘治3年(1557年)」に敵襲に遭い
「山内一族」は「黒田城」から逃れ出ているようです。 その後、「織田家」やその家臣「和田家」など
が城主となった時期もあったようですが、いつしか「廃城」となり、現在ではその時期や正確な敷地は
定かではないそうです。
「大正6年」には愛知県より「黒田城址」と刻まれ、裏には『山内一豊此ノ城ニ生ル』と記された碑が
置かれた他、「黒田城」に関する年表や「町制施行百年」を記念した碑、そして「一豊顕彰会」によって
「山内一豊」公と「馬」の像が乗った記念碑なども集められています。 これらがこの地に「黒田城」が
存在していた事を示しています。 「JR・東海道本線」に隣接していますので車窓から見られた事が
ある方もいらっしゃるでしょうね。 「JR・木曽川駅」より線路沿いに南へ約500mの所にあります。