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「名古屋市西区」にて長い歴史を持つ「円頓寺(えんどうじ)商店街」。 その名前の由来ともなった
「円頓寺」は「商店街」の西寄りにあります。 正式名称は「長久山 円頓寺」だそうですが漢字表記は
「圓頓寺」が古くから伝わる正式表記のようです。

創建は「承応三年(1654年)」、「普敬院日言上人」によって現在よりも南へ300mほどの場所にて開山
されました。 その当時は「普敬院」との名前でしたが、「明暦二年(1656年)」に「霊鷲院日審聖人」
から「十界大曼荼羅御本尊」を拝受した縁から「長久山 円頓寺」と改称したそうです。 但し、読みは
「商店街」とは異なって『えんどんじ』となるそうです。

「本堂」や「庫裡」を造営し境内を整えて立派になったものの、1724年に発生した「享保の大火」により
「仏堂」や「什宝」などを消失しています。 それでも翌年には代替地を確保し移転、改めて再建に努め
てはいますが、今度は「第二次世界大戦」の空襲により「山門」以外を全て失っています。

1953年に行われた再建事業で、ほぼ現在の姿となり1973年には「鬼子母神堂」を再建しています。 この
「鬼子母神堂」に収められている「鬼子母神十羅刹女像」は空襲の戦火から運び出したものだそうで
「安産祈願」や「子育祈願」に御利益があると言われる「円頓寺」には欠かせないものですね。 因みに
この「鬼子母神像」は「名古屋城天守閣」建設の際に出た端材で作られたといわれていまして、毎月18日
に公開されています。