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「昭和区」が誕生したのは1937年の事。 既に「中区」に含まれていて、古くから合併・分離を
繰り返していた「御器所村」を元に、当時は「南区」となっていて現在も地名が残る「弥富村」や
「瑞穂村」「八事村」の一部分が併せられて成り立ちました。 その後も「瑞穂区」を切り離し
「天白区」を合併したり、切り離したりして現在の面積11km2弱の区域に落着きました。

「昭和区」には「名古屋工業大学」をはじめ「南山大学」に「中京大学」、「短大」も「南山短大」に
「名古屋柳城短大」と数多くの学校が存在し、「名古屋市」でも屈指の「文教地域」となっています。
その為に「学生街」も多く、さらに旧市街地が多く残っている事から区の大半は「住宅街」が締めて
いまして、約10万人の人口を抱えています。 大きな「公園」も多い事から緑が豊か、さらに区を東西
に分けるように流れる「山崎川」の両岸は「桜の名所」としても名高く、区民の自慢でありそうです。

また、古くから東西に伸びる「飯田街道」や南北にわたる「塩付街道」などにより栄えた事もあって
区内には歴史を残す建物や町並みが多く、それらが失われる事も無く現在に残っています。 さらに
「地下鉄」が区の中央部で「桜通線」と「鶴舞線」が交差している上、東部にある「八事駅」では
「名城線」の「環状開通」のお陰で乗換えが出来る駅が増えました。