



東西約500mに亘る公園。 途中、西側は南北に走る「市道江川線」により分断されていますが
道路は「橋」で公園を越える形となっているので、橋の下は安全に通行することが出来ます。
この広い土地は1937年にこの地で開催された「名古屋汎太平洋平和博覧会」の跡地を再整備したもの。
園内にこの「博覧会」の名残を残すものは「平和橋」という、「市道江川線」に掛かる橋のみでしたが
周辺を「干拓」して「新田」を広く開発させたり、瀬戸の「陶器」の再編に深く携わった奉行
「津金文左衛門胤臣 (ツガネブンザエモンタネオミ)」の「頌徳碑(しょうとくひ)」がありました。
西側には海を臨む場所、中央にはフラワーエントランス、さらに東側には照明設備も使用できる
「港北公園野球場」に「テニスコート」と幅広い利用が可能です。 さらに敷地の南側には
「港図書館」があり、ついでに「区役所」も同じ敷地に同居しているようにも見えました。