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当ブログでは4体目となる「大仏」の紹介です。 「名古屋(本山)」「聚楽園」「布袋」と続き
まして、今回は初の「岐阜県」からの紹介。 その名も「佐吉(さきち)大仏」、またの名を
「竹鼻(たけはな)大仏」と言います。 「岐阜県」と「羽島市」の「指定史跡」となっています。

「名鉄・羽島市役所駅」より東へ歩いて約3分ほどの所にあるのが「大仏児童公園」。 もちろん
こんな普通の公園に「大仏」が野ざらしで鎮座している筈も無く、この隣に建つ「大佛寺」の敷地内に
別棟を設けて安置されています。 訪れた当日は残念ながら拝見する事は出来ませんでした。

建立したのは地元「竹鼻町」出身の商人「永田佐吉」さん。 早くから「名古屋」へ奉公として出て
商いや字の読み書きなどを学んだそうです。 地元へ戻ってからも商いを続け、そこから得た「信用」
や「共存共栄」、さらには「正直さ」に「親孝行」等の考えを大切にし続け、長く繁栄された上に
「社会奉仕者」としても地元に名を轟かせた方として有名なんだそうです。

そんな方が「大仏」を建立する切欠となったのは「重病回復」と「母親の進め」から。 佐吉さんが
母親の「仏恩報謝の旅」を代参していた道中に病に係り、床に伏せたのですが日夜の祈りが通じたのか
程なく回復。 旅を終えて母親に旅の出来事を伝えた際に”病が回復したのは仏様のお陰”と言われ
その「報恩」として「大仏」の建立に至ったそうです。

1750年に、江戸では「鋳物師」として名高い「西村和泉守藤原政時」によって造られた「青銅製」の
大仏が安置され、現在に至っています。