伊勢・鳥羽方面へ旅行された方ならばご存知だと思います「ミキモト真珠島(しんじゅじま)」は
「鳥羽市」の湾内に浮かぶ島そのもの。 もともと「相島(おじま)」と呼ばれていた島で、岸からは
連絡橋「パールブリッジ」を渡って向かいます。
1858年に鳥羽で生まれた「御木本幸吉(みきもとこうきち)」氏が「真珠養殖」を研究していた島
でもあり、1893年の研究成功を経て1951年に「真珠」に関するレジャー施設化しています。
島内は大きく4つの目的に分かれており、「博物館」では煌びやかな「真珠加工作品」が数多く展示
されています。 「アクセサリー」から「建物」「装飾品」などを模した作品には「真珠」以外にも
「ダイアモンド」や「エメラルド」などの宝石も加わり、浮世離れした時間が過ごせそう。 また
真珠の出来る仕組みも併せて学べるようになっています。
「記念館」では世界初となる真珠の養殖を成功させた「御木本幸吉」の縁の品々や、これまでの功績を
たどるコーナーに生家も再現されています。 「パールプラザ」では「真珠加工品」やお土産の販売を
行っているほか、鳥羽湾の眺めながら食事が出来るレストラン「阿波幸」も人気のスポット。
ちなみに「阿波幸」の屋号は生家が営んでいた「うどん屋」からとられています。
元々は小島だったことから園内には「庭園」も広がり、1/3の範囲に自然林が残されている中には野鳥
の姿も。 その中には島の鎮守様「珠の宮」から「幸吉銅像」、「庭園」が設けられている他に
時間限定で繰り広げられる「海女(あま)」による「あこや貝採取実演」も再現されています。
私も小学生の頃に「修学旅行」で訪れた事のある思い出の地。 今の時代になって、こうしてブログで
紹介する日が来るなんて思いもよりませんでした。 個人的に、いつまでも存続してほしい施設です。
「鳥羽市」の湾内に浮かぶ島そのもの。 もともと「相島(おじま)」と呼ばれていた島で、岸からは
連絡橋「パールブリッジ」を渡って向かいます。
1858年に鳥羽で生まれた「御木本幸吉(みきもとこうきち)」氏が「真珠養殖」を研究していた島
でもあり、1893年の研究成功を経て1951年に「真珠」に関するレジャー施設化しています。
島内は大きく4つの目的に分かれており、「博物館」では煌びやかな「真珠加工作品」が数多く展示
されています。 「アクセサリー」から「建物」「装飾品」などを模した作品には「真珠」以外にも
「ダイアモンド」や「エメラルド」などの宝石も加わり、浮世離れした時間が過ごせそう。 また
真珠の出来る仕組みも併せて学べるようになっています。
「記念館」では世界初となる真珠の養殖を成功させた「御木本幸吉」の縁の品々や、これまでの功績を
たどるコーナーに生家も再現されています。 「パールプラザ」では「真珠加工品」やお土産の販売を
行っているほか、鳥羽湾の眺めながら食事が出来るレストラン「阿波幸」も人気のスポット。
ちなみに「阿波幸」の屋号は生家が営んでいた「うどん屋」からとられています。
元々は小島だったことから園内には「庭園」も広がり、1/3の範囲に自然林が残されている中には野鳥
の姿も。 その中には島の鎮守様「珠の宮」から「幸吉銅像」、「庭園」が設けられている他に
時間限定で繰り広げられる「海女(あま)」による「あこや貝採取実演」も再現されています。
私も小学生の頃に「修学旅行」で訪れた事のある思い出の地。 今の時代になって、こうしてブログで
紹介する日が来るなんて思いもよりませんでした。 個人的に、いつまでも存続してほしい施設です。