





「資料館」を兼ねた建物が「清洲城」。 当時の姿や装飾については資料が残っていないために
現在の姿は想像されたものだとか。 館内では当時の装飾品など、現存するものを展示しています。
JRや名鉄からも、その姿を拝見する事が出来まして「清洲」のシンボル的存在となっています。
ちなみに「清洲町」は市町村合併により2005年に「清須市」に変わっていますが、古い書物による
表記では当時でも「清須城」とも記されているようです。
15世紀の初めに「尾張」周辺を守護していた「斯波義重(しばよししげ)」により建てられましたが
当時はまだ主要な役割を果たしてはおらず、「織田家」の「守護所」が清洲の地に移されてからは
「本城」となっています。 古くは「織田信長」も「本城」として留まり「桶狭間の戦い」にも
この地より出陣しているそうですが、その役目も10年程で終わっています。 また16世紀の終盤
には「徳川方」の「福島正則」の居城となっていて、1600年の「関ヶ原の戦い」の際にも東軍の
「拠点」とされるなど、「街道」に面する事から立地条件の良い「城」だったそうです。
「関ケ原の戦い」の後、「徳川家康」によって新たに「名古屋」へ「城」が建てられる事となり
「清洲城」の一部も解体されて移される事となりました。 そのせいもあってか「名古屋城」の
一部には「清須城」の造形を元に造られている箇所があるそうで「清須櫓」という名前もある程。
「名古屋城」の完成により「城下町」も移されると、清洲から賑わいが無くなってしまいました。
現在、跡地は整備されて公園となっていまして「清須市」の観光スポットのひとつとなっています。
<アクセス>
「名鉄・名古屋本線」の「新清洲駅」より「五条川」に沿って北東方面に徒歩20分程度
「JR・清洲駅」からだと「JR東海道本線」に沿って南東方向となりますが、若干距離が
長くなります。
<資料館>
入場料が大人:300円/小人:150円、開館時間が9:00~16:30までで月曜日休館