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「名古屋城」より西へ道を下った先には「堀川」がありまして、そこから南へ約1kmほど下った場所に
架かる橋が「五条橋(ごじょうばし)」。 「地下鉄・丸の内駅」からですと西へ250mほどの位置と
なります。 この橋の名前にあります「五条」は「清須市」や「北名古屋市」、「岩倉市」などを
流れる「五条川」が由来と言われています。 実は「五条橋」は元々「清須」に存在した「木製」の
橋だったんです。 「清須城」は「五条川」に面して建っていましたしね。

1610年、慶長の時代に行なわれた「清須越し」、いわば『城下町まるごと引越』により現在の
名古屋市の「西区」の一部に新たに「城下町」が設けられたのですが、その際に「清須城」の近くに
架かっていた「五条橋」を解体して、この地に架け替え直したと言われています。
実際には橋の材料の一部が再利用されただけとの話もあるようですが…

現在架かっている橋は「コンクリート製」のもので、戦前の1938年に架け替えられています。
今でも橋の中央部は「太鼓橋」の特徴でもある丸みを帯びていて、足元には滑り止めも兼ねてか
タイルが様々な模様に敷き詰められていました。 橋の袂からは向こう側がよく見通せない程に
なっていますが、これが元の木製の橋の頃は中央部がもっと盛り上がっていたそうです。

また欄干には復元された「擬宝珠(ぎぼし)」が付いていて「五條橋」と刻まれていますが、元の
木製の橋に装飾されていた「擬宝珠」には「五条橋、慶長七年壬刀六月吉日」と銘打たれていたようで
「五条橋」と「五條橋」ではどちらが正しいのかが良く判りませんでした。
当時の「擬宝珠」は架け替えの際に取り外され、現在は「名古屋城」にて保管されています。

橋の西側には元々は近くの長屋にあったとされる「屋根神さま」が祭ってあり、常に橋の安全を守って
いるかのようでした。