「集英社」の雑誌「週間少年ジャンプ」に連載された作品で、幾度と社会現象を巻き起こした事で
その名前は全国区どころか、世界中に高く広まっている事と思います。 「愛知県」が生んだ世界の
漫画家「鳥山明(とりやまあきら)」さんは「西春日井郡清洲町(現・清須市)」出身で現在も在住。

少年期よりマンガを描く日々を送ったそうで、高校は「一宮市」にある「県立起(おこし)工業高校」
の「デザイン科」へ進学しています。 卒業後は「サラリーマン」として約3年、勤め人となっていた
そうですが「早起き」が苦手だったことから突如、退職。 再就職をしなかったために生活費に困り
たまたま手にした「週刊少年マガジン(講談社)」にて賞金を得るために投稿。 する筈が、締切りを
過ぎてしまった為に「週刊少年ジャンプ」に作品を投稿、それが切欠でデビューする事となりました。

2年ほどの試行錯誤の末に「読み切り」でデビュー、その後も「読み切り作品」を掲載し続けましたが
デビューから2年が経過した1980年、いよいよ「Dr.スランプ」にて連載を開始。 読者から高い支持を
得ながらも意外にも連載は5年で終了しましたが、連載開始の翌年には早々に「アニメ化」した事で
全国的に話題となり数多くの「流行語」に加え、また視聴者が知らない内に「名古屋弁」を耳にする
珍事にもなりました。 また「メカ」のデザインにも人気がありましたね。

「Dr.スランプ」の連載が終了した後、数ヶ月の期間を経て「DRAGON BALL(ドラゴンボール)」の
連載を開始。 これが「Dr.スランプ」を凌ぐ大ブームとなり、今度は世界中に広がる大人気に。
1986年には「アニメ」になり、「ゲーム」や「映画」の他にも「関連グッズ」が数多く登場して
日本の「アニメ史上」に残る作品となりました。 この先品が「ジャンプ黄金時代」を支えた事は
言うまでも無いでしょうね。 

また「ドラゴンクエスト」シリーズの「キャラクターデザイン」をされたことも有名ですね。 携わる
事柄が次々と有名になり大ヒットとなるのは「繊細な描写技術」と「類稀なアイデア」によるものと
多くの方々に高評価されていますね。 「ドラゴンボール」以降は連載が無く、目立った活動が
されていないようですが、今でも続く「ドラゴンクエスト」シリーズのキャラクターを見る限り
まだまだ今後も活躍が続きそうですね。 また意外な所でキャラクターのデザインをされている事も
ありますので、ピンと来たら調べてみては如何でしょうか。