幾度も怪我に泣かされた、ドラゴンズの「核弾頭」こと「彦野利勝(ひこのとしかつ)」選手も
生まれは「石川県」ながらも「愛知県港区」出身のプロ野球選手。 今でもアグレッシブな背番号
「57」が目に焼き付いていますよ。

1964年10月12日生まれ、右投げ右打ちの外野手でして、満足にシーズンを過ごす事が出来たならば
「首位打者」のタイトルをいつ獲得してもおかしくない選手でした。 「愛知高校(千種区)」より
1982年の「ドラフト会議」で「中日ドラゴンズ」へ5位指名で入団。
当時は投手でしたが打者への転向が成功。 星野監督の指揮の元で「1番センター」に定着して
チームを牽引し「ゴールデングラブ賞」に「ベストナイン」受賞と実力を余すことなく発揮して
いったのですが…

折れたバットでの唇裂傷、自打球での負傷、極め付けは本塁打を打った際に一塁ベースを回った所で
左足の靭帯を切断するなど、何かと怪我が纏わる不運が続きました。 それでも彦野選手は1994年に
グラウンドに完全復活して帰ってきました。 見事にレギュラー再定着を果たし「カムバック賞」も
受賞、勝負強いバッティングで再びチームを勝利へと導きます。

1998年に引退後は解説者やスポーツ新聞でコラムを持つなど、野球に携わる仕事を続けている事は
皆さんも周知の事と思います。 シーズンオフに開催される「マスターズリーグ」でも往年の守備や
バッティングを披露してくれていますしね。