「小田井人足(おたいにんそく)」という言葉をご存知でしょうか? 現在では使われる機会も少なく
また使われない方が、無くなったほうが良いのではないかという意見もあるようです。
「小田井」とはもちろん「清須市」から「名古屋市西区」に掛けて広がる地名(「小田井」単独の
地名は「清須市(旧・西枇杷島町)」のみ)なのですが、その言葉の意味には「仕事を遅らせる・
怠ける」などといった、良くない意味を指しています。 珍しく地名が含まれる「諺」「方言」に
しては、その地の人にはちょっと失礼ではありますが…
そもそも、この言葉が出来たのは「江戸時代」にまで遡るそうです。 当時は「小田井」より南に
位置する「庄内川」が豪雨などによりしばし増水・氾濫し、名古屋城下に多大なる被害を及ぼしていた
そうです。 そこで当時、周辺を取り仕切っていた「尾張藩」が打ち出した結論は「庄内川北部に
放水をして水位を下げる」という、現在では無謀で身勝手な策でした。
その「北部」に位置するのが「小田井村」。 そこに住む人々には理不尽な話なのですが「藩」の
命令には逆らえませんでした。 さらに追い討ちを掛けるように「尾張藩」は、堤防を決壊させて
「小田井村」に水を流させる行為を、小田井村の人々自らにさせると言い出したのでした。
農業で生計を立てている村なので氾濫が起きれば田畑はもちろん、住む場所も失いかねない訳です。
そしてある年、洪水の恐れがあると判断した「尾張藩」が村民に堤防を切るよう命令を下したのですが
村民は村に被害を出さないよう、一見作業を進めている「フリ」をしながらも手を抜いて作業の進行を
少しでも遅らせようとしました。 少しでも時間を作って、堤防を決壊させる前に水位が下がる事を
望んだ訳ですが、これは誰しもが考える事ですね。 自ら被害を出したい人なんて居ないでしょう。
現在は「庄内川」の周辺には「遊水地」が整備されて「洪水」が発生しても水位が堤防を越えるまでに
余裕をもたせていますが、今世紀に入っても「旧・西枇杷島町」や「小田井地区」には「水害」が
発生しています。 一帯では現在も「水害」と闘っている訳ですので「小田井人足」と言う言葉の
意味には「死力を尽くして水害(困難)と戦う人」という良い意味を与えて欲しいですね。
また使われない方が、無くなったほうが良いのではないかという意見もあるようです。
「小田井」とはもちろん「清須市」から「名古屋市西区」に掛けて広がる地名(「小田井」単独の
地名は「清須市(旧・西枇杷島町)」のみ)なのですが、その言葉の意味には「仕事を遅らせる・
怠ける」などといった、良くない意味を指しています。 珍しく地名が含まれる「諺」「方言」に
しては、その地の人にはちょっと失礼ではありますが…
そもそも、この言葉が出来たのは「江戸時代」にまで遡るそうです。 当時は「小田井」より南に
位置する「庄内川」が豪雨などによりしばし増水・氾濫し、名古屋城下に多大なる被害を及ぼしていた
そうです。 そこで当時、周辺を取り仕切っていた「尾張藩」が打ち出した結論は「庄内川北部に
放水をして水位を下げる」という、現在では無謀で身勝手な策でした。
その「北部」に位置するのが「小田井村」。 そこに住む人々には理不尽な話なのですが「藩」の
命令には逆らえませんでした。 さらに追い討ちを掛けるように「尾張藩」は、堤防を決壊させて
「小田井村」に水を流させる行為を、小田井村の人々自らにさせると言い出したのでした。
農業で生計を立てている村なので氾濫が起きれば田畑はもちろん、住む場所も失いかねない訳です。
そしてある年、洪水の恐れがあると判断した「尾張藩」が村民に堤防を切るよう命令を下したのですが
村民は村に被害を出さないよう、一見作業を進めている「フリ」をしながらも手を抜いて作業の進行を
少しでも遅らせようとしました。 少しでも時間を作って、堤防を決壊させる前に水位が下がる事を
望んだ訳ですが、これは誰しもが考える事ですね。 自ら被害を出したい人なんて居ないでしょう。
現在は「庄内川」の周辺には「遊水地」が整備されて「洪水」が発生しても水位が堤防を越えるまでに
余裕をもたせていますが、今世紀に入っても「旧・西枇杷島町」や「小田井地区」には「水害」が
発生しています。 一帯では現在も「水害」と闘っている訳ですので「小田井人足」と言う言葉の
意味には「死力を尽くして水害(困難)と戦う人」という良い意味を与えて欲しいですね。