








名古屋市中川区の住宅街の近くにある球場だったので「ファウルボール」や、時には「ホームラン」が
場外まで飛んで行く事もしばしば。 周辺住民は「ボール」のほかにも「騒音」や「渋滞」などにも
悩まされていたでしょうが「ドラ党」なら耐えられるものだったのでしょうか?
開業は1948年、半世紀を越える「歴史」を持つのですが、波乱に満ちた歴史なんですよ。
まず「火災」が2回、1951年の試合中に死者を出す「全焼」に遭いました。
これを機会にコンクリート造りに改修したのですが、1990年に2回目の火災。
幸いにも「ボヤ」で済みまして、20分程度の中断の後に試合を再開させてます。
1959年には台風によるグラウンド「水没」も経験してます。
1973年には球場の「運営会社」が倒産。 「破産管財人」による運営も危うい状態に。
球場の危機を救ったのは、球団の親会社「中日新聞社」や地元企業。
出資をして「株式会社ナゴヤ球場」を設立して現在の「株式会社ナゴヤドーム」に至ります。
1996年まで中日ドラゴンズのメイン球場でしたが本拠地移転のより、現在は2軍の本拠地に。
1軍公式戦の最終試合は例の「10・6」。 巨人との優勝をかけた一戦でした。
1軍が「ナゴヤドーム」へ去った後は2軍でも「両翼」から「中堅」に「フェンス」の高さまでを
「ナゴヤドーム」と同じ条件に合わせる、という事で外野席が大きく改修されて「昔の面影」が
失われています。 そういえば「ナイター設備」も無くなっているんですよね。
古い「珍プレイ」番組などで当時の姿を垣間見る事が出来ますが、当時の熱気はもう感じることが
出来なく、残念です。 「外野席」が削られたのも。