終戦後に焼けた名古屋の街を区画整理した名古屋市助役「田渕寿郎」氏の考案により
栄を中心に交通網を充実させる為、道幅100mの道路を2つ敷き、それに結び付けるように
大通りを増やして行き、現在の一大交通網が完成したと言う事です。

それが世に言う「100m道路」で、久屋大通りと若宮大通りの事を言いますが…
見に行ったら道路は片道4車線、こんなん大阪にもあるやん! 全部、道路とちゃうの?
そこで気付いたのが中央にある「公園」の存在… まさか。

まず道路だけで安産するとして、「1車線4m×4車線×2方向」で32mとしましょうか。
中央の公園は地図で調べたら、およそ60m。 併せて90m、足りない… 誇大広告?
久屋大通りで調べても若宮大通りで調べても、せいぜい90m。 これはもしや?

そして次にその場所を訪れたときに真相が判明しました。 それは…

「100m道路とは、道路と中央分離帯の公園、それに両側の歩道を足した長さである」 へぇ~