今日は、銀河の話をしましょうか。
ギャラクシーです。
あれは、捏造なんです。
本当は銀河など無いのです。
全て夢なのです。
しかし私たちは、その夢を見るために生きています。
いや、生かされているとでも言うのか。
全て、意識の夢の中の出来事なのです。
それを忘れないように。
遠いはるか彼方の昔、あなた方は、
堪えられないような苦労をしてきました。
でもそれも、今に報われます。
私たちは今、そういう時を生きています。
今に集約されています。
この夢の世界で、これが夢と知りながら
生きる喜び。
夢であっても、夢でなくとも。
果てしない人生を、生きることに変わりは
ありません。
行くのです。前へ前へと。
どちらが前かなど考えなくても、ただ進むのです。
道が、あなたの前に現れてきます。
今ここに、全てが集約されています。
時代を超えて、生きる私たち。
何度も生まれ変わっては、先へと進んできました。
今この時を、生きるために。
前へ進んで下さい。
ただそれだけで良いのです。
以上。」
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2017年1月18日 22:45頃(フランス時間)に書き出したものです。
いきなり捏造ですって、びっくりしてしまいました。(笑)
でも、そういう話はありますね。
私にはまだ、この現実がとても現実に見えますが、同時に、別のところでこの現実の私を俯瞰している自分があるようにも、なんとなく思います。
前半部分を書き出しながら、ずっと宇宙空間を感じていました。
これが、銀河が夢の中である(創造された概念である)ということなのか。
今に集約されているというのは、最近ずっと私が感じていることです。
いろんな時代の、いろんなこと、体験が、今に重なるというか、繋がっているというか。
それを今体験するために、用意された瞬間を生きているというのか。
時間や空間の概念の無い次元でこれを見ると、バラバラな時に存在するものをちょいちょいっと集めて重ねるか繋げるかしたら、さまざまなものが集約された「今」という奇跡的な瞬間が出来上がるのかもしれない。
けれど、この三次元の物理的現実を生きる私にとっては、不思議な偶然の重なりだとか連鎖に思えてしまう。
でも、意識の夢の観点から見たら、シンクロしている状態こそが自然な状態なのかも…。
そんな風に、最近思っています。
しかしその響き合う状態は単なる環境もしくは状態であって、肝心なのは、それが夢だと知りながら生きる喜び。
ここなのだと思います。
生きること。前へ前へと。