なんだこのタイトル(笑)
いやいや、
先日の友達のブログに影響されて考えているんだが。
「愛されてる気がしない」とパートナーに言われ
ケンカをしてしまったという…。
愛されてる気がしないというのは
相手が、愛を表現できてないか
または本当に愛されてないか
または、愛していないか。
私にも経験があるから
きっとこの内容がひっかかったんだと思うけど。
私は、
今は愛されてるのかは
正直わからなくなるときもあるけど
それは言葉がその足りないだけで
……
ちょっとした仕草とか
お互いを思いやる気持ちが
付き合ってるときと変わらず表現されているから
それでいいんだろうと思っている。
そもそも
自分でも言っているが、
私の旦那様はとってもシャイ(笑)
「愛してるよ」なんて年1回聞ければ素敵な感じだし
たまにはそういう言葉を言ってほしいと思ってる私も
「愛してる」なんて、恥ずかしくて言えてない。
だから、
例えばメールに絵文字をちゃんと入れたり
(入れなきゃもう物足りない
)
「ありがとう」と「ごめんなさい」を素直に(自然に)言ったり
女であることを自分が大切にしようと思ったり、
ぽんサンの好きなおかずをちょっと多めにあげたり…
些細なことで、伝わってるかわかんないけど、
愛するってそういうのの積み重ねのような気もする。
最近。
私の前の恋愛は、愛されてることはバンバン伝わってきた。
私がいなくちゃこの人死んでしまうんだろうなって常に思ってた。だから離れちゃいけないと思ってたし。
死ななかったけどね。
でも、表現が伴わなかったし、
大切にはされていなかった気がする。
些細な積み重ねなんて、何もなく、
私はきっと、当たり前の、空気というか埃みたいな存在だった。
鏡の前で抱き締められて「愛してるよ」と伝えてくれたとき
私は喜んでいいはずなのに
鏡ごしに見えた自分の顔が寂しそうに見えたのを覚えている。
彼の、「愛してるよ」の言葉に対して
いつもうまく「愛してるよ」という返事が返せなかった。
ほんとにいつも。
愛がなかったとは言わないけど
愛すること、愛されることのバランスが
うまくとれてなかったり
表現が伴う前に、やっぱり
感覚や価値観が違ったのではないかと思う。
だから、
思いやりのない、自分を優先して主張するだけの
ケンカが絶えなかった。
ケンカするほど仲がいい?
そんなの嘘に決まってる。
いや、嘘と言い切ってはいけないと思うけど
ケンカしたらやっぱり悲しいし、
お互いに悪いとこがあるからもめるんだと思う。
いちいち感情を爆発させなくても、
気分を落ち着けて話をすれば
普通の話し合いで済むということが
私が今の旦那様と出会って学んだこと。
価値観が違っても
相手の価値観を受け入れたり理解したりして近づけられれば
関係は成り立つと、少し遠慮がちに思う。
その点は前は価値観が違いすぎた。
し、私は相手の価値観を理解できなかった。常識的なことが…とか、うん、やっぱり違いすぎた。
感情を荒げるだけが、自分を伝えることじゃない。
ずっとわかってたことだけど、
実行できたのは旦那様のおかげだよね。
感情的になるのって結構疲れるしめんどくさい。
話が少しずれたけど…
「愛されてる気がしない」
と言われてしまった私の友人は
私から見れば、これでもかってほどパートナーを愛してることがわかる。
愛を表現することなんて朝飯前なイメージなんだけど
子供が産まれたことで
表現のバランスが不安定になってしまったのかもしれない。
私は、幸せになるための選択肢として
前の彼とは「離婚」を選んだ。
当時は、「離婚してよかった」なんて言いたくなかったけど
結果的に離婚してほんとによかった。
思いやることを知らないまま
大切にされることを知らないまま
バランスの食い違った愛の表現をしていくとこだった。
今、私は、
思いやってもらって
大切にしてもらって
ほんとに幸せ。
少しずつ頑張って返さないと、
バランスがとれなくなってしまうかもしれないな。
旦那様は私と結婚してよかったんだろうか。
いつか、年1の「愛してるよ」に
「CAN。と結婚してよかった」と
言ってもらえるくらいの、
愛の表現の積み重ねを
努力して大切にしたいと思う。