松阪駅までは問題なく着けた。
しかし、最大の難関が待っていた。ホームから出口に行くためには連絡通路を渡らなければならないのだが、当時の松阪駅にはエレベーターが無かった。階段を上るために、3人の駅員さんが僕を車イスごと担いで上がってくれた。僕の体重と電動車イス合わせて100㎏ぐらいはある。上がり切ったとき、駅員さんたちはヘトヘトだった。「ありがとうございました」と伝えると駅員さんたちは笑顔で「また来てくださいね」と答えてくれた。僕は「早くエレベーターをつけて欲しい」と強く思った。駅員さんにしんどい思いをさせるのも辛かったし、担がれて階段を上がるのはとても怖かったからだ。
当時の松阪駅は連絡通路と併設する三交百貨店の間に改札があった。僕はそこから百貨店に入り、エレベーターを使って下に下りることができた。
三交百貨店から出た僕は、希望の園が入っている障害者センターまでどうやって行くか考えた。いつも使っているお散歩道か、違う道か。僕はいつもとは違う近道を選んだ。車も段差も少ない道だけど、あんまりおもしろくないので普段は使わなかった。しかし僕はその時トイレに行きたかったので急いでいた。
いつもと違う道だけど、駅前周辺は僕の庭みたいなものなので、迷う事なくすんなりセンターまでたどり着いた。僕の顔を見るなり職員さんは「まぁちゃん、トイレ大丈夫か?!」とそのままトイレに駆け込みなんとか間に合った。到着した10時頃はいつもトイレの時間だったので、職員さんも僕の状態をわかってくれていた。
お昼休みの時、山田さんが僕のところへやってきた。「まぁちゃん、やったやん!この先も月に1~2回は電車で来てみたら?」と嬉しそうに言ってくれた。僕も一人で電車に乗って園まで来れたことが嬉しかったし、達成感があった。
その後、僕は3回ぐらいは一人で電車通園したり、津まで出かけたこともある。いつも山田さんは僕だけでなく、園のメンバーに色んなことに挑戦するよう声をかけてくれた。山田さんのおかげで僕達は大人の階段を上がることができた。しかし、山田さんに何か提案がある度に「またかよ。。。」と僕は思っていた。
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