私は3年前に三代目神田伯龍の速記本、明治38年1905年発行の、此村欽英堂出版の本を読みました。100ページ強だから長編とまで行かない噺。



久しぶりに、読み返してみると『薮原検校』は、実に面白い。すっかり忘れていたが、実はお噺の冒頭は幽霊、怪談噺から始まります。


主人公の"太吉"、この育ての親が夜鷹蕎麦渡世の"太助"で、江戸勤番の田舎侍が女房の中元女を斬り殺す場面に、偶々遭遇するところから物語が始まります。

その田舎侍は仔犬か?仔猫みたいに、自分の懐に乳飲子を抱えて、その状態で女房を斬り殺すんですから、夜鳴きそば屋の太助は驚愕します。

あまりの出来事に、腰を抜かす太助をよそに、侍は斬り殺した女房を抱えて、目の前の大川にその死骸を投げ入れて仕舞うのですが、

更に、平然と太助の前に血糊の着いた段平(刀)を、ギラギラさせて近付き、そして言い放つのです。「五両二分ある。これでこの赤子を始末してくれ!」と。

コレを受けて太助は、断ったら殺されると命の危険を感じて二つ返事で引き受けますが、生まれて間もない赤ん坊を殺す事など出来ません。

太助はこの赤ん坊を我が子として育てるのですが、先に申しました田舎侍に殺された女房が、幽霊に成って化けて出て乳を与えるから、太助の長屋が"幽霊騒ぎで、てんやわんや"の、コミカルな怪談模様になります。


そして太助・太吉の親子は、中々、絶妙の連携て夜鷹蕎麦屋を経営するのですが、太吉七歳で疱瘡に掛かり生死を彷徨い九死に一生を得ますか…。

両目は見えなくなり、太吉は盲人(めくら)となるのですが、親子の絆に揺るぎなく親子の夜鳴きそば屋は継続します。

しかし、太吉八歳の年に今度は太助が流行病に倒れてこの世を去ります。太助享年50歳。哀れ太吉は天涯孤独の身の上に!!

そして、長屋の皆さんと家主・長兵衛の図らいて、太吉は横山町の薮原検校の内弟子となり、按摩、鍼灸師として生きる道が開けるのですが…。


薮原検校の内弟子となり、普通、按摩や鍼灸の修行を5年から7、8年積み、年季奉公の一年を経て一人立ちし、座頭として一人前になるのですが、

太吉はまだ八歳。内弟子だと一番若い者でも11、12歳で御座います。しかし、太吉は生まれついての盲人(めくら)ではなく、七歳まで目開き。

だから、内弟子の中では器用に掃除、洗濯、風呂番や、台所仕事をこなすし、計算や算盤も扱えます。だから、唯一目開きの番頭・藤兵衛に重宝されますし、

薮原検校も身の回りの雑用を、事ある度に太吉に言い付けますから、太吉15歳になると、「杉の市」と言う名前を頂戴して、検校"御側衆"の筆頭になります。

この薮原検校、江戸では大層有名な盲人(めくら)の元締めで、幼い盲人を内弟子に取り、鍼や揉み療治を指南する善人のように言う方も有りますが、

本業は座頭貸しならぬ検校貸し!金貸し、高利貸しの親玉で、街場の商人だけでなく、旗本、大名にも金を貸して、その身代は一万両は下らないとの噂です。


そんな薮原検校の内弟子になれた太吉ですから、さぞ真面目に、揉み療治や鍼灸の修行に邁進して、立派な座頭になる所存に違いないと思いきや!?

ところが、薮原検校邸内の雑用係を卒業した太吉改杉の市は、按摩や鍼灸師として顧客の家を廻る外回りをしてお足を稼ぐ身分となりますと。

夕方七つ過ぎには、横山町の検校邸を出て、夜の帰りは四つ亥刻を過ぎや、時には療治先にお泊まりして朝帰りとなる場合も御座います。

そう言う生活をしていると、酒の味を覚え、色街で女郎を買い、悪い仲間とつるんで大名の中元部屋でガラっぽん!と博打にも現を抜かします。

所謂、"飲む・打つ・買う"の三拍子揃いますから、銭は幾ら有っても足りません。最初は外回りの療治代をチョロまかして貯めた銭で遊んでいたが、

だんだんと、番頭・藤兵衛の目を盗み、薮原検校の手文庫から五両、十両と纏まった銭をくすねる様になると、流石にコレが藤兵衛にバレて、

検校から雷が落ちまして、謹慎を命じられた杉の市は、暫く外に出られなくなります。しかし、そんな罰で料簡が改まる訳もなく、性根の腐った杉の市!

結局、最後は二百両という大金を手文庫から盗みまして破門となり、薮原検校の横山町のお屋敷から追放!と相成ります。杉の市、十九の春に御座います。


さて、薮原検校一門から破門された杉の市。品川に住む博打仲間の"寅蔵"に、検校の手文庫から盗んだ二百両を預けてあり、これを宛に暫くは遊び惚けて暮らします。

そして二百両を使い果たした杉の市。思い立ったように"そうだ!上方へ行こう。"と、悪党として上方で一旗上げて、江戸に凱旋してやろう!と言い出します。

この寅蔵に路銀を貸せと言い1両借金を致しまして、品川を後に東海道を、六郷の渡しから船に乗り川崎へと向かう道中。

六郷の船内で、品川の香具師・勘次と道連れとなり東海道を上方へと上る杉の市。川崎、藤沢、小田原と進み箱根越えの道中、二人は物凄い雷雨に遭う。

車軸を流すような雨と激しい稲光。二人は元は茶店だった空き家の山小屋で雨宿りを致しますが、この勘次、香具師の親方なのに雷が大の苦手。

山小屋の三軒ばかり先の大きな杉の木に、雷が落ちて爆音が轟くと、気絶してしまう始末です。そして、気絶から目覚めると、下腹を押さえて苦しみ出します。


疝気だ!


持病の疝気。勘次はこの病がぶり返して七転八倒の苦しみを始めます。さぁこれを見て杉の市、「私は盲人(めくら)揉み療治は得意です。疝気を鎮めて差し上げましょう。」

そう言うと下腹、脇腹、背中を摩ったり、揉み解したりして療治。すると四半刻で、脂汗ダラダラの勘次はすーッと痛みが引いて楽になります。

ところが、この療治の最中に、杉の市は気付いてしまうのです。勘次が胴巻の中に大金を忍ばせている事を。さぁ性根が悪党の杉の市、この胴巻の銭を如何にして盗もうと思案致します。

言葉巧みに勘次を騙し、鍼灸治療するからと、下腹を晒させて、ここに鍼灸治療と見せ掛けて、地獄鍼!死の鍼を打ち込んで勘次を亡き者に致します。

冷たくなった勘次の体から胴巻を外して、中を開けて見ると、"二百両"、上方への行き掛けの駄賃にしては十分です。

さぁ胴巻を自分の体に巻こうとした、次の瞬間!!箱根の山中、雨上がりの暗闇から声が致します。


やい、お若けぇ〜のぉ、お待ちなせぇ〜!!


ここが良い切れ場で、三代目伯龍の噺は第一話が終わりますが、このまんまだと1時間は絶対掛かります。

最初の夜鷹蕎麦と田舎侍が女房を殺す場面は、中々、緊張する講談らしい場面ですが、赤ん坊をそば屋渡世の太助が、ナメクジ長屋で育てる場面になると、かなりコミカルで落語に近い。

そして八歳になった太吉が、薮原検校の横山町に弟子入りし、十九歳で破門になるまではダレ場と言えば短いがダレ場です。

ただ、杉の市が、どの様にして悪党になるか?!このネタ振り、仕込みの噺だからダレ場なりに伏線を張る必要が有ります。

そして再び、この噺の最初の山場である、箱根の道中!"勘次殺し"です。

「幽霊と乳飲子」までと、「香具師・勘次殺し」の二話構成にして、30〜40分で一話が無難かなぁ?!さて、神田伊織さんの本編や如何に!