破門が解かれた杉の市は、本当に生まれ変わったように薮原検校に対し献身的に尽くし、三浦流の鍼灸術の奥義を極める道に邁進致します。
そして鍼灸の腕前も既に検校より上を行くようになり、最近では検校より「若先生でお願いします」と、杉の市をと名指しでお願いする客が多くなりました。
更に歳月は半月が過ぎた天気の良い吉日。「京橋二丁目の叔父上の所に、ご挨拶に行きとう御座います。」と薮原検校に告げて、半年ぶりに仙臺屋へ顔を出します。
輿兵衛も彦次も、手紙くらいよこしやがれ!と、杉の市を怒鳴り散らしますが、兎に角薮原検校と番頭藤兵衛の信用回復の為だと、全く悪びれない様子。
さて、杉の市。自分が裏木戸の鍵を開けて、引き込み役を買って出るから、十人くらいの頭数で薮原検校屋敷に強盗に押込んで欲しいと言い出します。
而も杉の市曰く、検校以下、番頭と内弟子十八人、合計二十名を皆殺しにした上で、金蔵ん中から大枚、二千両の金子を盗めと言うのである。
何でも芝の呉服商、松本屋四郎兵衛方から、四日後の二十五日には金二千両が返金され、必ず一両日は蔵ん中にその金子が眠っていると言うのである。
さぁデカい仕事になるぞ!と仙臺屋一味は色めき立つ。子分十人を横山町二丁目からは、目と鼻の先、浅草御門近くの船宿「神田川」を盗人宿にして、
二十五日の夕刻には、親分輿兵衛と番頭彦次も加わって、この「神田川」から、横山町二丁目に在る薮原検校屋敷を襲撃する手筈を整え準備致します。
さぁいよいよ決行当日、黒装束の十二人、仙臺屋一味は深夜九つ半、子の刻過ぎになると、盗人宿を出発して薮原検校邸の裏木戸へと向かいます。
そして段取り通り、裏木戸の錠は杉の市が開けておいてあるので、まずは一味のうち八人が、盲人の内弟子が寝ている寮へと押入る。
次にうち二人が一番奥に在る、薮原検校の寝所へ忍び込み、最後に残る二人が寮の脇の、番頭藤兵衛の部屋へと寝込みを襲います。
ここで杉の市の助言から一味は"盲人(めくら)屋敷に灯り無し"と聞いており、二人一組で手濁を持ち、この灯りを頼りに屋敷内を捜索致します。
やがて四半刻もしないうちに、薮原検校、番頭藤兵衛、そして十八人の盲人の内弟子を、一味は二十人全てを殺害致しますが、杉の市は姿を現しません。
段取りでは、杉の市が蔵の鍵を持って現れて、錠前を開け、蔵から二千両を盗み出す算段だったはずなのに…。一向に杉の市は姿を見せないのです。
焦った仙臺屋輿兵衛は「仕方ない、力尽くで錠前を壊して盗み出せ!」と号令。トンテンカン!トンテンカン!と、玄能と金槌で蔵の錠前を破壊します。
そして押込んでから半刻、一味が雪崩れ込むように金蔵に入って見ると二千両のお宝などはなく、在るのは僅かな小判と、後、大半は銀貨の小銭です。
何だ!二十人も殺して、たったの百両じゃ、間尺に合わねぇ〜。
そんな事を輿兵衛が呟いていると、外から閂(かんぬき)を誰かが掛けたようで、十二人の盗賊は蔵ん中に閉じ込められて仕舞います。
更に次の瞬間「火事だ!」と大声で叫ぶ声と、金盥や鍋釜を割木で叩く大爆音が始まり、近所の屋敷から家人が表に飛び出して、検校邸へとやって来ます。
しまった!!御用になる。と、慌てる仙臺屋一味でしたが、閂か?と思った棒が、なぜか?一尺半足らずの割木だったので、これを外し十二人は逃走します。
蜘蛛の子を散らすように逃げ出す十二人の盗賊!!
這う這うの体で、盗人宿の「神田川」に逃げ帰った仙臺屋一味。何にが起きたのか?狐に摘まれた心持ちですが…、
けたゝましく金盥を割木で叩き、大声で「火事だ!」と叫んでいたのは、紛れもなく手引きをした杉の市の野郎だ。野郎、ハメやがったなぁ!しかし、なぜだ?
一方、薮原検校邸はと見てやれば、杉の市の「火事だ!」と叫ぶ声と、金盥を叩く爆音で深夜に起こされた、近隣住民と騒ぎを聞いて集まった役人でごった返しています。
すると杉の市が役人に向かって、淡々と口を開きます。杉の市曰く「今日は夕飯後から腹の調子が悪く、下痢で厠に何度も駆け込んでいた。」
そんな杉の市が深夜にも厠に入っていると、盗賊が押入り、トンテンカン!トンテンカン!と、厠脇の金蔵の錠前を壊して中へと入ったので、
咄嗟の機転で盗賊を蔵に閉じ込めようと、無我夢中で閂をしたのだか、閂かと思った棒が割木で"寸足らず"、盗賊一味には逃げられました、と言う。
そうかそうかと最初は役人、相槌を返しながら、笑いっ気混じりに、呑気に杉の市の噺を聞いていたのだが…、
やがて土足で邸内に押し入った賊の足跡を追ってみると、二十人もの家人が皆殺しにされたと判り、蜂の巣を突いた様な大騒ぎとなります。
直ぐにこの事は今月の月番、奉行・大岡越前忠相の元にも報告されて、江戸でも有名な盲人"薮原検校"邸に賊が押入り、
なんと!二十人もの人間が殺害されたと知り、奉行越前は翌日、緊急のお白州を開き唯一の生き証人、杉の市を吟味致します。
大岡越前がまず不思議に思った事は、番頭の藤兵衛以外は全員盲人(めくら)で、顔を見られる心配が一切ないのに、盲人を皆殺しにしている事である。
しかも、足跡から賊は十人近い集団で押入りながら、当日金蔵には僅な小判と後は銀貨ばかりなので、
金高は計百三両と二分三朱しか無く、十人で押入り二十人を殺害して奪うには、余りにも杜撰な計画なのである。
そして何より一人だけ、この惨劇から厠に隠れていて難を逃れたと言う盲人が居るのも、越前には解せなかった。
さて皆さんもご存知と思いますが、大岡越前は、天一坊事件でも力を発揮した、人相見の眼力に掛けては天才です。
よって、白州に杉の市を引き出して、大岡忠相は自身の眼力を信じて、目の前の若き盲人を見詰めた。
「面を上げて、顔を見せなさい、杉の市。」
すると、白州の茣蓙に引き出された坊主頭の若人は、面を越前に向け泣き崩れ、振り絞る声で「検校様の菩提を弔う為、出家したいです、お奉行様!」と言う。
その必死で口を真一文字に黙(つぐみ)、嗚咽を漏らし耐えている盲人に、流石に越前の眼力も騙され、白州で貰い泣きをしてしまいます。
初めての白州の後。奉行・大岡越前は同心、与力を集めて命じます。この杉の市と言う盲人(めくら)を徹底的に調べよ!と、素行調査を開始するのです。
横山町二丁目の近隣住民、座頭・検校組合のメンバー、杉の市が日頃買い物をする商店、そして杉の市を贔屓にしている顧客など、
あらゆる杉の市と接触する人々に聞き込みを致しまして、二十四人の役人とその手下・岡っ引きを総動員し、十日間虱潰しに杉の市情報を集めるも、
一人として杉の市の事を悪く言う人物は現れません。陰日向なく薮原検校に尽くし、番頭の藤兵衛の補佐をして、十八人居た弟弟子の面倒見もすこぶる良いと言うのです。
あまりにも悪い噂を聞かない仏の様に、世間が皆、杉の市を褒めるから、返って越前は気味が悪く感じて、二度三度杉の市を、南町奉行所で自ら尋問致します。
それでも杉の市は実に謙虚で誠実、彼には物欲というものが全く有りません。
口を開けば、ただただ出家して、薮原検校の菩提を弔いたいと申すばかりで、
検校の後を継いで二代目になれと、奉行が水を向けても"うん"とは申しません。
やがて薮原検校の四十九日も済むと、薮原検校の菩提を弔う巡礼の旅、検校は法華なので鰍沢の身延山久遠寺へ、横山町の有志五人と共に出発します。
そして一月後、鰍沢から帰った杉の市に大岡越前は、江戸市中、いや関東近隣の盲人を救う為にも、薮原検校の社会への功績は大きく、
今、ここに亡くなった薮原検校の意思を絶やしてしまったら、多くの盲人の希望も一緒に絶えてしまう。
だから、杉の市、是非お前さんが二代薮原検校を継ぎなさいと説得しますが、杉の市はガンとして首を縦には振りません。
さて一方、この藪原検校が一代で築いた身代の報告を受けた大岡越前守は、愕然と致します。座頭金恐るべし!である。
両替商の為替に換えてある金子が、一万五千二百三十八両。そして現在、外部に貸付てある金子が元金だけで五千二百両。
更には貸倒れた借金のカタ、担保に取り上げた、書画、陶磁器、刀剣、根付、目貫、煙管、骨董品などなどが五百点余りが蔵から出て参りました。
藪原検校の総資産は、実に三万両以上あるのです。さて、此の身代をどうするか?悩みます。検校には、配偶者、子供、血縁の家族は在りません。
このまんま、遺言書の相続人、杉の市が検校の後を継がず出家したら、この薮原検校の莫大な財産は幕府と、座頭・検校組合の懐に入る事でしょう。
『本当に、それで良いのか?!』
再び自問自答する大岡忠相。そして、杉の市には実の叔父が在る事を知るのです。しかも、叔父は江戸で商いをしており、京橋の荒物問屋「仙臺屋」だ。
そこで越前、この叔父、仙臺屋輿兵衛に相談して、 検校の後を杉の市に継ぐよう、説得を依頼しようと思い立ちます。
思い立ったが吉日。奉行、大岡忠相は、京橋の荒物問屋、仙臺屋輿兵衛を南町奉行所へ召喚する為の文書、通称『差し紙』を発行した。
さぁその差し紙を受け取った仙臺屋は?と、見てやれば、あの薮原検校邸へと押込んだ日から、主人輿兵衛、番頭彦次、そして子分の面々も裏切り者、杉の市を怨み、怒り心頭に発していた。
そこに、奉行所から差し紙が入り、『是非、杉の市の事で叔父上殿に、ご相談したき義これ有り!!』と、言うのである。
番頭の彦次は、南町奉行大岡越前の策で、薮原検校邸への押込み強盗が露見したかも?!早く上方にでも逃げた方が良いと進言致しますが…。
主人輿兵衛の考えは違います。万一、悪事が露見しているなら、差し紙など出さずに、有無を言わさず仙臺屋を捕り方が包囲して一蹴するはずだ。
それをぜず『杉の市に関する相談がある。』と、奉行大岡越前が直々に言うからは、あの不可解な薮原検校襲撃事件の、真の狙いに関係する事に相違ない。
そう考えたから、輿兵衛は奉行所に出廷して、直接、大岡忠相の『相談』とやらを聞いてみたいと、差し紙の指定期日に南町奉行所を訪問した。
ここも30分くらいの短い話で、前の「仙臺屋輿兵衛との出会い」から「薮原検校邸襲撃!」までを、1時間の長講にしても良いが…。
かなり、濃い内容で、杉の市がなぜ?仲間に加わったばかりの仙臺屋一味を、騙し打ちにしてまで、薮原検校邸を襲撃させる必要があったのか?!
ここを、噺の筋道としては聞き手に悟らせる必要があるので、敢えて、30分、30分の二話構成にするのも悪くはないと思うし、構成力が無い講釈師だと、
1時間が1時間半に伸びて仕舞い、返って聞き手に負担になる恐れがあるから、ここは二話に分けた方が無難な気も致します。
杉の市の思惑としては、まず薮原検校一門を番頭を含め二十人殺害して欲しいと、仙臺屋一味に依頼しても、首領の輿兵衛が首を縦には振らないだろう。
そこで、架空の座頭金二千両の返金噺を持ち掛けて、まんまと騙し、二十人惨殺を輿兵衛達にやらせます。
更に、杉の市の用意周到で用心深い点は、遺言まで薮原検校に書かせてあるのに、南町奉行大岡越前からの推挙で、二代薮原検校を継ぎ、三万両の身代を我が物に致します。
何より越前に、悪人の人相だとバレない事と、奉行所の身辺調査でボロを出さないのが、実に巧みで杉の市の狡賢い点だと痛感致します。