「
やいお若けぇ〜の、お待ちなせぇ〜、この奴盲人(ドめくら)がぁ!!」と言う呼び声に杉の市は驚きながらも、その場に立ち止まり声の方を向き、作り笑いをしながら「どなた様でしょうか?!」と、ゆっくり二、三歩歩み寄った。
暗闇から現れた男は、小田原・箱根から御殿場・三島辺りを縄張りに盗みを働く、仙臺屋(せんだいや)輿兵衛と言う江戸京橋の悪党、その右腕で亀五郎だと名乗る。
所謂、"護摩の灰"の亀五郎、品川の香具師、勘次には三ヶ月以上前から探りを入れてあり、京の水芸師の師匠を江戸に呼び、その興行の契約を結ぶ為、
手付金・二百両持って東海道を京に上ると知り、その道中を亀五郎も狙っていたのだが、六郷で偶然道連れにした盲人(めくら)が出来かと思いきや、
その盲人が鍼を巧みに使い恐ろしい業で、勘次を殺害し二百両を奪うもんだから、流石の亀五郎もびっくりして思わず声を掛けたと言う次第だった。
そしてこの亀五郎との出会いが、杉の市の次なる人生を大きく変える事となる。杉の市は勘次から盗んだ二百両を惜しげも無く、亀五郎にくれてやり、代わりに仙臺屋輿兵衛に宛てた紹介状を書かせます。
仙臺屋輿兵衛への紹介状を手にした杉の市。上方に行く理由も無くなり、江戸へとトンボ返りする事になるのだが…。
夜の五つ半には江戸に到着したが、品川の寅蔵に八日ばかりで江戸に戻ったと知れるのは、あまりにも具合が悪い。
そこで杉の市は八重洲の五郎兵衛町辺りを歩いていると、もう四つ子の刻、仕方ないこの辺りで野宿をと考えまして、
商家の軒先を手探りで歩いていると、搗き米屋の店先に出された大きな臼を見付けます。これは具合がいい寒さは凌げると杉の市、中に潜ずり込みます。
その臼に杉の市の小さな体が、スッポりと入りますとまるで"蝸牛"の様で滑稽に思えますが、そんな時に、遠くの方から慌しく町内に走り込む人影が御座います。
助けてぇ〜、人殺し!!
臼の蓋を少しずらして、月灯で外の様子を覗き見る杉の市。すると、四十絡みの身なりの良い商人風の男が杉の市の居る臼目掛けて掛けて参ります。
杉の市は、マズい!と感じますから蓋を閉めて臼ん中に隠れます。すると駆けて来た男は突然、紙入れを蓋を開いて臼の中に投げ入れるのです。
次の瞬間、その男を追って二人の人影が現れます。一人は亀五郎の親分、仙臺屋輿兵衛。もう一人は仙臺屋の番頭、彦次。二人は伊達様の江戸屋敷から集金して帰る伊勢屋の番頭、清右衛門を付けて来たのだ。
輿兵衛「諦めて大人しく懐の銭をこっちに渡せ!」
清右衛門「何の噺だ?!」
輿兵衛「伊達屋敷から集金して来た銭だよ!」
清右衛門「知らん、銭など持っちゃぁいない。」
輿兵衛「大人しく出せ!さも無くば、斬るぞ!」
清右衛門「盗賊だぁ〜、人殺し!人殺し!」
番頭清右衛門が騒ぎ出したので、仙臺屋輿兵衛は腰の刀を抜いて一閃!袈裟懸けに抜刀すると、血飛沫を上げて絶命しますが、懐に銭が有りません。
彦次は間違いなく、百両は入っている紙入れを懐中に仕舞う所をこの目で見たと、輿兵衛に言いますが実際に懐中からは紙入れなど出て来ません。
こんな所で二人で言い争いなどしている場面じゃない。清右衛門の叫び声で役人が現れるやも知れないので、仕方なく二人は京橋二丁目の店に帰る事に。
さて、この仙臺屋輿兵衛。元は歴とした武士、備中岡山藩の侍・戸澤輿左衛門だったが、酒の上での喧嘩が元で藩をお役御免となり、
浪人となったが武士の道は捨てて、江戸に流れ着き表向きは荒物屋渡世を営みながら、裏では十人からの子分を抱える大泥棒のお頭なのであーる。
そこに仙臺屋一味の一の子分、亀五郎の紹介状を持って杉の市が現れたもんだから、主人輿兵衛と番頭彦次は驚きながらも、すこぶる警戒致します。
更に二人を驚かせたのは、杉の市が昨晩の伊勢屋の番頭、清右衛門が持っていた紙入れを持参し、二人の仕事ぶりの一部始終を見ていたと言うのである。
奴盲人(ドめくら)が?!
百両の紙入れを惜しげも無く仙臺屋輿兵衛に渡す杉の市。亀五郎の手紙には、香具師勘次を殺して奪った金子二百両も全て亀五郎に渡したとある。
この杉の市が十九と言う若さで、一端の大悪党である事を悟った輿兵衛は、喜んでこの漢を仲間にする事を歓迎したが、逆に杉の市から仲間になる条件を突き付けられる。
それは、杉の市は輿兵衛の子分ではなく、二人の関係はあくまでも五分五分の兄弟分。また薮原検校から言い渡された、杉の市の破門を解く為に、
仙臺屋輿兵衛は、世間的には杉の市の実の叔父と言う事にして、今、渡した伊勢屋から盗んだ百両を元手に、薮原検校に詫びを入れて欲しいと言う。
ここで、杉の市は自身の生い立ちを輿兵衛と彦次に語ります。父親はさる藩の江戸勤番侍。母親は同藩の中元で恋仲になり、杉の市は生まれたが父親が母を斬り殺し行方知れずに…。
夜鷹そば屋に拾われ養父となるが、杉の市が八歳の時に流行り病で亡くなり、目が不自由な杉の市は長屋の家主の紹介で、横山町の薮原検校の内弟子となる。
八歳から内弟子修行の杉の市。横山町の寮で集団生活を始め、無類の賢さ物覚えの良さ、算盤も扱えるし雑用もテキパキ熟すので、検校の大のお気に入り。
やがて十五歳になると、薮原検校の幼名"杉の市"を頂戴し、検校の身の回りの世話係となり、薮原検校の按摩・鍼灸の奥義、三浦流の手解きを検校から直接受けていた。
やがて十七歳になると、薮原検校の往診にお伴する身分となり、十八歳には得意先を独りで療治して廻るようになると、療治代を日に五両は稼いだ。
つまり杉の市は、年に千五百両を稼ぐ、薮原検校に取っては"金の卵を産む鶏"だったのだ。だから、実の叔父が現れて「杉の市を許して下さい!」と、
盗んだ半金百両を持参して、杉の市の破門の赦しを乞うたなら、二つ返事で検校は許すに違いないと、杉の市は輿兵衛に破門の赦免を助けて欲しいと願います。
なぜ?そこまでして、横山町の薮原邸に戻りたがるのか?!杉の市に、そこん所を輿兵衛が突っ込んで尋ねると、全く悪びれず杉の市は薮原検校の身代が狙いだと言う。
二万両は下らない身代!
これを合法的に、薮原検校から杉の市が相続する為に、横山町の検校の元に破門を解かれて戻る必要があると言うのである。
流石、我が右腕亀五郎が、態々私に紹介して来るだけの事はある!と、改めて、仙臺屋輿兵衛はこの杉の市の悪党ぶりに関心をします。
そして、破門が解かれ横山町の薮原検校の元に私が戻っても、叔父様、仙臺屋輿兵衛の方からは一切、接触はするなと杉の市、釘を刺してから戻ります。
横山町に戻った杉の市。生まれ変わったように献身的に鍼灸、按摩で得意先を廻ります。そして呑む・打つ・買うの三道楽をキッパリ止めて仕舞います。
こうして毎月百五十から二百両を稼ぐ杉の市。
一銭も歩合給を取らず全て番頭の藤兵衛に渡します。更に、鍼灸の勉強にも余念なく、三浦流の秘伝書を藤兵衛に読ませて口移しで学びます。
その上、薮原検校の身の回りの世話や、後進の若い内弟子達の躾や面倒見もよく、検校は「杉の市!」「杉の市!」と、益々、杉の市がお気に入りです。
そして、半年の月日が流れて薮原検校が、杉の市を正式に後継者に指名し、座頭の組合の会合でも「杉の市をよろしく!」と言葉に致します。
そして、番頭の藤兵衛と杉の市の三人と、組合の見届け人を加えた席を設けて、正式な遺言書を認めます。こうして杉の市は二代薮原検校が約束されます。
箱根の"香具師勘次殺し"を見ていたのが、所謂、護摩の灰で、しかも江戸から獲物と目を付けていた香具師を付けて箱根の山中まで来ていたとは!?
更に更に、この護摩の灰は「仙臺屋輿兵衛」と言う江戸の大盗賊の子分と聞いて、この出会いに深い因果を感じる杉の市で有りました。
そこから、仙臺屋輿兵衛とは五分の関係を築いて、薮原検校の元に破門を解かれて戻る為、この仙臺屋を利用するのだが…。
ここまでの噺には、殆どダレ場は無く中々物語に引き込まれる展開。しかも登場人物が、亀五郎、輿兵衛、彦次と、悪党三人に三者三様の個性が有ります。
尺としては30分位とやや短く感じるが、切れ場としては、杉の市が上方への旅を箱根で切り上げて、大盗賊仙臺屋輿兵衛と知合う噺へと物語は新展開します。
そして薮原検校の二万両の身代に対し、邪な考えを抱き欲望の赴くまま、杉の市の悪党の真髄が見え隠れして、盗賊の仙臺屋一味を利用する事を画策します。