突然、冬が来た様な北関東。ただ、昼間は20℃を越える予報が前日は出ていて、特に、首都圏は夜に予報が変わっていたのに…、
気付かずに、上野へと不覚にも向かった。薄着のまんま、風が強くブタクサの花粉が飛び捲り!そんな上野の鈴本演芸場。
昼夜通しで、六千円使ったのは久しぶりです。
【昼の部】
高座返しの前座さんが無茶苦茶印象に残った。滅多に見ない落武者の様な、三浦マイルド?と、見紛う様子の前座さんだ。月代にざんばら髪!!
「柳家小じか」と言うらしく、昨年11月1日に前座になって、丸々一年の経験の前座さん。何と、小せん師匠の弟子だった。ならば、太鼓、もう少し上手く叩いて欲しい。
・山きち 「真田小僧」 前座でこの噺を聴く度に六代目圓生の凄さを再認識致します。
・やなぎ 「からぬけ」 さん喬一門でさん坊から二つ目になった一人ですね。廃業した扇ちゃんと仲良しでした。
・正楽 「紙切り」 相合傘/柳家喬太郎/鵺(ヌエ) なぜ、今時?鵺なのか?金田一耕助の『獄門島』が、確か「鵺の鳴く夜は恐ろしい!」と言うキャッチフレーズだったと記憶します。
・玉の輔 「都々逸親子」 馬遊師匠には負けない高座を!そんな思いは感じられました。
・小燕枝 「一目上がり」 市弥から真打に成る際、八代小燕枝を襲名した、イッチー。同期小辰改め入船亭扇橋の代演。
・すず風にゃん子/金魚 「漫才」 手作り熊笹の金魚師匠でした。
・馬遊 「みそ豆」 こぶ平が真打試験に掛けたネタ。15分の持ち時間、12分マクラからの「みそ豆」でした。
・喬之助 「短命」 小学生の子供さんが最前列に三人。男の子二人と女の子一人。お母さんが、二人居たが…。始めてから気付いた喬之助師匠。終えた後、お母さんにごめんなさいしていました。
・アサダ二世 「奇術」 毎度お馴染み、「今日は私、ちゃんとやりますから…。」と始めましたが、風船に中々トランプが当たらない。当たればオレンジ汁で割れるのに…、当たらないからこの日も、前座のアシストで割る事に。
・小満ん 「目黒のさんま」 旬のネタ。小満ん師匠は、「おぉ、房州となぁ?!だからいかん、秋刀魚は目黒に限る。」とサゲました。決して日本橋はいかん!とはやりません。
お仲入り
・のだゆき 「音楽」 鍵盤ハーモニカとリコーダーの漫談。ファミリーマートの来店曲のアレンジ、バリエーションが増えました。
・小ゑん 「鉄の男」 鉄道オタクの男が、あまりに鉄道愛が強すぎて女房に愛想尽かされる新作落語。小ゑん師匠の鉄板ネタ。久しぶりに堪能。
・圓太郎 「粗忽の釘」 笑いを削ぎ落とす事なく、上手く寄席サイズの噺にする圓太郎師匠らしい「粗忽の釘」。十五分に纏める技が素晴らしい。
・紋之助 「独楽の曲芸」 大小の独楽の曲芸、刀渡り、棒を使った大独楽の曲芸。綱渡りはやりませんでした。独楽にトトロ人形を付け、トトロの音楽での綱渡りでしたが、ジブリからクレームが来たのか?!
・喬太郎 「時そば」 長いマクラでした。釈台を使い膝が悪く正座が出来ない言い訳をして、決して、笑点の司会を狙っているからじゃない!と、笑いにする喬太郎師匠。
遂に、今月誕生日を迎えると還暦、本家返りだと言う喬太郎師匠。自虐的に髪の毛の白髪ぶりを弄り、これでも、昇太師匠より六歳も若いと言うと、ドッカンと受けていました。
11月を迎えたばかり三連休までは暑い日が有りましたが、11月中席になると突然気温が下がり、秋から冬へと季節が変わりましたですネぇ?!と言う喬太郎師匠。
暖かい食べ物が欲しくなる季節ですなぁ、蕎麦なんぞも、セイロではなく丼の汁物が恋しくなります。そんな喬太郎師匠の振りから、今日のネタは『時そば』?それとも、『うどん屋』?まさか?!『ふぐ鍋』?
そんな事を思っていると、落語協会事務所に近い『小諸そば』で食事をしてから、鈴本演芸場に来たと言う喬太郎師匠。
天丼とカケ蕎麦のセットメニューをガッツリ食って来たと話す喬太郎師匠。半かき揚げに海老天が乗る天丼で、しかも、海老天は一本増量サービス中で700円!と、『小諸そば』の回者発言。
ただ、あまりにガッツリ食べたから、眠いと愚痴を言うのです。更に、噺は脱線ぎみに、色んな麺類の話を始め、話題はラーメンへ。
横浜発祥の「家系ラーメン」。豚骨ベースの背脂コッテリのラーメン。若者向けで、還暦の喬太郎師匠にはギトギト過ぎると言う。
また、喬太郎師匠自身も柳家だから同じ「家系」と言い出して、しかも背脂チャッチャッのギトギトは家系ラーメンと同じなのか?と、自虐を言うと、この日一番受ける。
年齢的にギドギドしたラーメンは苦手だと言う喬太郎師匠。私も激しく同意しました。そんな噺の流れで、豚の背脂以外の脂はどうなるのか?と、素朴な疑問を投げ掛ける喬太郎師匠。
「流れの豚次傳」で観せる豚芸を披露しながら、背脂だけ抜かれた豚を演じてみせ、これが喬太郎フリークスにはバカ受けである。
さて、ラーメン屋の噺は、とある地方で喬太郎師匠が、偶々来店し味が気に入って、近々3年ばかりこの地方に来ると足を運ぶ店が出来ていたと言う。
そして、この地方の落語会を主催する関係者とご当地の話題になり、今回もそのラーメン屋へ行くのを楽しみにしていると、喬太郎師匠が主催者に噺をすると、ちょっぴり主催者の顔色が険しくなる。
実はそのラーメン屋、元は先代のご主人が全て店の事を切り盛りをなさっていたが…、それが亡くなってねぇ〜。。。と語り出すので、
当然、味が落ちた。昔は今よりもっと凄かった!美味かった!って噺になると思いきや…、さに在らず、先代が亡くなったお陰で、味が安定して良くなったと言うのである。
先代は気まぐれで、兎に角、全て大雑把で、時に、飛んでもないスープのラーメンが提供されるので、お世辞にも美味いラーメン屋とは呼べなかったらしい。
更に話題は、町中華なるものが巷で話題になっていると言う喬太郎師匠。もう、エンジン全開。マクラが止まらなくなる兆候である。
また昔は小汚町中華が、必ず町内には一軒存在し、その汚い店で、昭和レトロな中華を人民は食べたと力説する喬太郎師匠。
そして、ある日中野の商店街をふらっと歩いていたら、偶然、昭和浪漫な食堂と喬太郎師匠は出逢うのです。ショーウインドウに飾られたレプリカメニュー。
喬太郎師匠の目に止まる、カツ丼の蝋細工の食品サンプル。「グリーンピースが六個乗ってやがる!」コレは入って注文いたさねば!!
喬太郎師匠は、「カツ丼!」と注文しカウンター席に座り待ちます。そして、ドキドキしながら待ちます。こう言う場合は、飛び切り美味いか?
逆なら、食えない味付けの硬い鉄の様な豚肉の、何ヶ月、いやいや!何年冷凍庫に寝かしてあるねん!!みたいなトンカツを使用したカツ丼。
ところが…
中途半端な、カツや以上サボテン未満、みたいな可もなく不可もない普通過ぎるカツ丼が出て来て、他人に薦めも出来ないし…、残ない加減に敗北を覚える喬太郎師匠。12〜13分のマクラから『時そば』へ。
何度か聴いている喬太郎師匠の『時そば』。一軒目の「当たり屋」と言う方の、説明の細かさと、蕎麦を手繰る仕草の本寸法が光ます。
一方、二軒目。オウム返しのしくじり野郎が出逢うそばやは、屋号は語られず、ただし、客が客を紹介し数珠繋ぎに繁盛している老舗だ!と言う。
そして、真似する間抜けが、そんな二軒目の太くて伸び伸びの蕎麦カキみたいな蕎麦を食って「コレで、なぜ?繁盛してんだぁ?!」首を傾げる所は、お約束の笑いが生まれる。
又、二軒目の出汁が、甘いとか?塩辛い、醤油辛いは、経験あるが、渋い!ってのは初めてだ。と、言うオウム返しの間抜けに。
「うちのは、茶そばですから。」と答える二軒目主人、すると、馬鹿なオウム返し野郎は、「だから、淵のカケた丼なんだ、お前んトコは、丼を自然に回させやがる!」
このくすぐりは、喬太郎オリジナルですね。丼の淵カケはよくあるくすぐりだけど、渋い出汁の茶そばで、丼を回させるは、くだらないけど笑いました。
初日の土曜日のお昼、喬太郎フリークスが二百人くらい入った上々の寄席でした。
【夜の部】
土曜日の夜。喬太郎師匠の昼に比べると半分くらいの入りで…、仲入り前は龍玉師匠で、膝の前の深い出番に馬石師匠も出るのに…、人間国宝主任だぞ。
さて、期待していたお伊勢さん、伊勢神宮を徒歩十九日で歩き切り、江戸時代の風情で伊勢詣を成し遂げた桃月庵黒酒さん。
どんなにか?日焼けしているのか?期待して待つと、いきなり、羽織を忘れて黒紋付を着流しで登場。伊勢詣の運の無さ、タイミングの悪さ、芸人・咄家としてのセンスの無さを、ここでも発揮します。
黒紋付は正解、色の黒さを隠します。又、顔はケアして旅していたらしく、大して黒くない。ただ、時々見える二の腕は真っ黒。咄家の腕じゃないが、ネタが『二人癖、呑める』だったから気にならず。
無茶苦茶、白酒師匠の『呑める』に似ていて驚いたのと、久しぶりの高座で、高座に飢えている喜び、楽しく高座を努めていたのは分かりましたが、
最初の大根を醤油樽に詰まる、詰まらないの下りで、仕込みの糠の部分を、全て飛ばしたのは、しくじりですよね?まぁ、全体としては良かったけれど。
P.S.
後日、Xで確認したら黒酒さん、糠は意図的に抜いて物語を展開していました。
尺が自信なく、まあ、日焼けの肌を晒したく無いのが主な理由です。
つづく