外崎屋の娘お雪と世帯を持ち、盗まれた『重宝天國宝剣』の探索に専念していた中山勝三郎でしたが、不運な出来事の連続で結局は外崎屋から追い出される。
そして路頭に迷った勝三郎は、娘のお松を捨てるしかなく、本所相生町の大きなお店の前で、乳飲児のお松を捨てゝ逃げようとした所、勝三郎に後ろから呼び止める声が掛かります。
『中山様!お待ち下さい。中山様!』と、呼び掛ける声の主は?!
そうです。屑屋の尾張屋吉之助が、真夜中に自分の家の前で挙動不審な男が居るもんだから、誰だ?!と、思って見てみると中山勝三郎なので、ビックリして声を掛けたのでした。
勝三郎「之は!尾張屋さん。」
吉之助「尾張屋さんじゃ有りませんよ。龜井戸天神で別れてから、もう、二年近く経つのに…逢いに来ると謂ったきり梨の粒手。」
勝三郎「本当に申し訳ない。実は拙者、結婚したんですが…色々と有りまして、話しをすると非常に長くなるのですが、順を追って説明すると…。」
そう謂って中山勝三郎は、因業で有名な外崎屋惣右衛門の命を助けた噺から、その養女、お雪と結婚して今抱いている乳飲児、お松が産まれた噺へ。
そして、惣右衛門が流行り病でポックリ亡くなると、養女のお雪と継母のお梶が険悪な仲となり、更にはお梶が一番番頭の権三が男女の仲に成り、
居た堪れないお雪は外崎屋から出て行き、実家に帰って仕舞う。すると、義母お梶は露骨に、勝三郎と孫であるお松を邪魔者扱いし、外崎屋から追い出したと告白致します。
勝三郎「そんな訳で露頭に迷った拙者は、恥ずかしながらお松を此の尾張屋の店先に捨て子しようと思って仕舞った。本当にお恥ずかしい!吉之助殿。」
吉之助「いやぁ、事情は判りました。私も賭け碁に狂い身代を棒に振り、妻に裏切られて死にかけた事が御座います。貴方の兄上、業平文治親分が居なければ今茲に生きては居ません。
だから、今度は貴方の兄上、業平文治親分への恩返しの積もりで、勝三郎さん!貴方を私が助ける番です。兎に角、家にお上がり下さい。今後の身の振り方のご相談を致しましょう。」
勝三郎「忝い!!」
さて、業平文治の実弟、中山勝三郎は苦難の末にまだ、生まれて半年足らずの乳飲児、お松と親子二人、本所相生町の屑屋、尾張屋吉之助に助けられて其の世話を受ける事に成ります。
吉之助の女房のお熊も、近所から貰い乳の出来る女を見付けて参りまして、お松の世話を頼みます。こうして生活が落ち着くと、勝三郎は盗まれた『重宝天國宝剣』の探索を再開します。
そこでお松を養女として何処か?良い引き取り先はないものか?と、探すのは当然、尾張屋吉之助の役目と相成りまして、吉之助は屑の引取先を中心に広く江戸市中を探しますと、
或日の事、実に恰好の貰い手を見付けて参ります、其れは、吉原でも五本の指の大店、半蔵松葉屋で御座います。半蔵と其の女房お登勢は子宝に恵まれず後継となる子供が御座いません。
だから日頃から『男の子でも女の子でも構わないから養子が欲しい。』と周囲に漏らしておりまして、其れを聴き付けた吉之助がカクカクしかじかと、勝三郎とお松の事情を話しますと、
特に松葉屋女将お登勢がお松を気に入った様子で是非にと申しますし、主人半蔵の方は今ならば今年身売りして来たばかりの、梅川と謂う源氏名の花魁が乳が出るので好都合と申します。
吉之助「こんにちは、半蔵さん!」
半蔵「ハイ、尾張屋の旦那。良い噺を有難う存じます。私も女房も其のお松さんの氏素性を承知の上で、是非、養女に引受け様と思います。」
お登勢「吉之助の旦那!私は常々、娘が欲しい、娘が欲しい!と願い続けて、浅草の観音様に日参して御座いました。其れが叶ってお松ッチャンの噺舞い込んだに違い御座んせん。」
吉之助「左様ですかぁ、そうまで喜んで貰えるなら、お松も家宝者です。其れで何時、お松を連れて来れば宜しいでしょうか?半蔵さん。」
半蔵「ハイ、月末は私も家内も忙しくしておりますし、乳母に来てもらう来月の朔日が宜しいかと存じます。」
吉之助「承知しました。では、お松を連れて私と女房のお熊の二人でお邪魔致します。」
半蔵「あのぉ〜、こんな良き縁を紹介して下さり、養子縁組の仲人まで頂いた、尾張屋の旦那に申し上げるのは心苦しいのですが…後々揉めたく無いので申し上げますが、
茲に金三十両を御用して御座います。此の銭で決して廓者だから養女を買うなどゝ謂う料簡では御座いません。げじめを付けて於きたい一心からの手切金に御座います。
どうか快く三十両をお受け取り頂き、お松に二度逢うなとは申しませんが、『実の親子の名乗り』は堅くご遠慮願いたいと存じます。宜しく頼み申し上げ奉りまする。」
吉之助「判りました。半蔵さんお登勢さんのお気持ちは十分理解しました。一旦、この三十両は私がお預かりし、実父である中山勝三郎様にご確認の上、再度改めて返答致します。」
こうして吉原角町の大店『半蔵松葉屋』をお松の養女先にと定めまして、尾張屋吉之助は中山勝三郎にカクカクしかじかと報告を致します。
吉之助「そんな訳で、勝三郎さん!悪い噺じゃないと思うんだ。確かに廓が養女に貰われる先には成るが、江戸でも五本の指に数えられる大店だ。
其れに、主人の半蔵さん女将のお登勢さんは苦労人だけに人情の機微に通じ、暖かいご夫婦なのは私が太鼓判を押します。お松の新しい両親に打って付けだ。
又、律儀に貴方様、勝三郎様のご苦労を、私が話した身の上噺から汲み取って、態々、手切金何んて名目で三十両もお出しになる位だ!良い養子先だと思いませんか?!」
勝三郎「養子先には何んの不満は御座らぬが…金子三十両を頂戴するのは、武士としては如何なものか?!花は櫻木、人は武士。儂は受け取る訳には参らぬ。」
吉之助「中山様。落語の『井戸の茶碗』じゃあるまいし、半蔵松葉屋夫婦の好意ですから、有り難く頂戴して下さい。」
勝三郎「左様であるか?尾張屋さん。」
と、本当は喉から手が出る程欲しい三十両だと謂う事を吐露した中山勝三郎、ちゃんと受取書を認め其れを吉之助に託し、来月朔日にお松の身柄と共に半蔵松葉屋へ引き渡す様に頼むのでした。
さて時は流れ翌月朔日。晴天に恵まれた此の日、尾張屋夫婦は本所相生町の店の前に駕籠を呼んで、女房のお熊と養女に出すお松を駕籠に乗せ、亭主の吉之助だけは歩きで、
朝の五ツ辰刻半過ぎに、浅草は堤(ドテ)の裏手、吉原角町を目指して出発致しまして、丁度四ツ巳刻の浅草寺の鐘を聴いた頃に、半蔵松葉屋へと到着致します。
半蔵「御免下さい。本所相生町の尾張屋で御座います。吉之助が来たと、ご主人にお伝え願います。」
取次「ヘイ、お待ちして居りました。此方へどうぞ!ささぁッ、遠慮なさらず此方へどうぞ!!」
そう謂うと牛太郎風の若衆が、尾張屋夫婦と産着に包まれお熊に抱かれたお松を、裏の勝手口から中へ招くと、更に四、五間這入った客間へと案内して中で待つ様に謂う。
暫く夫婦が部屋で待っていると新造らしき大年増の女郎が現れて、夫婦にお茶と菓子を丁寧に置くと直ぐに部屋から立ち去るのだった。そして半蔵お登勢の夫婦が現れる。
半蔵「お待たせしました、尾張屋さん!」
吉之助「いいえ、美味しいお茶を今頂戴して、良かったです雲一つ無い天気で。」
半蔵「ささぁ、粗茶ですが召し上がって下さい。又、宜しいかったら茶菓子なども。態々、出向いて下さり有難う存じます。」
お熊「有難う御座います。折角のご好意、頂戴致します。」
吉之助「お熊!菓子を食べたら、お松を松葉屋の女将さんに、だっこして貰いなさい。」
お熊「駕籠から降りる際に眼が醒めて不機嫌だったけど、漸くお松はニコニコ仕出したから。女将さん、之がお松です。さッ!抱っこしてやって下さい。」
そう謂いながら、生後もう直ぐ六、七ヶ月に成る元気なお松をお熊は用心しながら半蔵松葉屋の女将、お登勢に手渡し抱っこさせた。
お登勢「可愛いねぇ〜!お松チャン、私がおッ母さんだぁ〜よぉ。」
半蔵「お松、私がお父ッつぁんだ。」
そう謂うと半蔵お登勢の夫婦は、お松の顔を覗き込む。するとニッコリ微笑むお松に癒された夫婦は満面の笑みを返します。
半蔵「私もお登勢も、長年子宝に恵まれず、此の四、五年、真剣に養子縁組を模索していましたが、中々良縁に出逢えずに居ましたが、漸く我が子に出逢えた気持ちです。
もう、生涯残りの人生を、夫婦共々、お松の為に捧げる所存で御座います。私半蔵がそう謂って居たと、実父の中山様にも是非お伝え下さい。」
吉之助「ハイ、必ず伝うます。では末永く、お松を宜しくお願い致します。オイ、お熊!お前からもお頼み申し上げなさい。」
お熊「松葉屋の旦那!女将さん!お松は癇の虫が騒ぐ事も無く、夜泣きなんぞもしない良い娘です。どうか可愛いがってやって下さい。」
そう謂うと未練を振り祓うかの様に、吉之助とお熊夫婦は半蔵松葉屋を出て大門の方へと向かった。雲一つ無い日本晴れ、夫婦は浅草寺から雷門、そして吾妻橋を渡り本所相生町へ。
軈て家に帰ると中山勝三郎は居なかった。盗まれた『重宝天國宝剣』を探しに今日も江戸市中を廻っているのだ。そんな勝三郎が帰ったのは暮れ六ツ過ぎて暗くなった時分だった。
勝三郎「今、戻りました。」
吉之助「お帰りなさい。どうでしたか?『重宝天國宝剣』の噂は、何か知れましたか?!」
勝三郎「いいえ、今日も一日本所の武家屋敷を廻りましたが全く。明日は両国方面に足を向けてみます。」
吉之助「左様ですか、あの、お松チャンの件。今日の昼に無事済みましたよ。先方の半蔵松葉屋のご夫婦も大変喜んで呉れて、中山の旦那にも宜しくと申しておりました。」
勝三郎「忝い、本に、有難う存じます。之でお松が幸せに成れるならば、何よりで御座る。吉之助さん、お熊さん、本当に感謝致します。」
お熊「中山の旦那、お武家様がそんなに屑屋如きに頭を下げちゃ、いけません。頭をお上げ下さい。」
勝三郎「本当に、お二人には足を向けて寝られない御恩が出来た。中山勝三郎、生涯、此の御恩は忘れません。」
こうして、業平文治の舎弟、中山勝三郎は実子お松の行末も定まり、尾張屋夫婦の厄介に成りながら、盗まれた『重宝天國宝剣』の探索を致しながら日々を過ごしております。
そんな或日、お松を養子に出して十日余りの後、半蔵松葉屋の方から「中山勝三郎様を連れて、お松の貰い乳をしている女郎が有るので、その次郎に逢って礼を述べて欲しい。」と、
そんな手紙を認めて、日時を態々指定の上、駕籠まで誂えて迎えを遣しますから、尾張屋吉之助も中山勝三郎も、断る道理は無く誘いに従いまして駕籠に乗り半蔵松葉屋へと出向きます。
吉之助「この度は態々お招き頂きまして恐縮です。さて、半蔵さん!こちらが、お松の父、中山勝三郎様で御座います。」
半蔵「之は之は、お初にお目に掛かります。私が半蔵松葉屋の主人、半蔵に御座います。」
勝三郎「こちらこそ、お初にお目に掛かります。お松の父親の中山勝三郎に御座います。今日はお招きに預かりまして光栄です。」
半蔵「お忙しい中、能くぞ、この様な所へ来て頂き此方こそ、感謝致して居ります。実は、お松に乳を挙げている女郎、梅川が是非貴方様に御目通り願いたいと申しまして…。」
勝三郎「左様で御座いますか?いいえ、拙者も我が娘に乳を下さる方には、御礼を直接申し上げたいと願っておりましたから、是非、お逢いして直接御礼を申し上げたいです。」
半蔵「其れでは…。宮路、宮路やぁ。中山様を梅川のお部屋へ案内しなさい。」
宮路「はーい。」
呼ばれて現れたのは、梅川花魁付きの新造で、宮路と申します者で、勝三郎に丁寧にお辞儀を致しまして、梅川花魁の部屋へと案内します。
宮治「ハイ、ようごさんすよ。サァ、此方へお出なさいませぇ!」
勝三郎「忝い。」
そう謂って宮路は勝三郎を同道致しまして、半蔵松葉屋の長い廊下を奥へと誘いまして、其の部屋の前に止まり、中へと声掛け致します。
宮路「花魁、梅川花魁。お嬢の御父様(おととさま)がお見えに成りました。」
梅川「ご苦労様です、宮路。ささぁ、お這入り下さい。」
宮路「中山様、では中へお進み下さい。」
そう謂うと新造の宮路は何処かへ姿を消して仕舞い、残された勝三郎は唐紙を開けて部屋の中へと進みます。すると、其処には花魁の梅川が佇んで御座いまして憎からぬ様子。
梅川「遠慮のぉ〜、奥へ来てくんなまし。」
勝三郎「ハイ、然らば御免!」
そう謂うとゆっくり恐る恐る奥へと進み、中山勝三郎は上からジッと梅川花魁の顔を見る。そして見交わす顔と顔。さぁ〜、勝三郎が驚き声を発します。
お前は!!お雪。
勝三郎「お前は、何故?!こんな所に居るのだ?実家に帰ったのでは?」
梅川「其れが…。実は私は継母のお梶と一番番頭の権三に騙されて、百両の型に此の半蔵松葉屋に身売りされて仕舞いました。騙された妾が馬鹿で御座いました。
妾が変だと気付いた時はもう後の祭。悪い二人に騙されて女郎にされて、連日連夜泣き明かしましたがどうにもならぬのが此の世界。苦界に沈められて途方に暮れて居ると…。」
勝三郎「えい!許せん、人非人の所業。あの母親に今から天誅を下しに行かん!」
梅川「貴方!旦那様、其れは止めにしておくんなまし。アチキも、此処へ沈められた時は、継母を憎みましたが…。今はお松に乳を与えられ抱っこできる慶びを神様に感謝しております。」
そう謂うと二人は互いに見交わす顔と顔。互いの数奇な悲しい運命を感じながら再会を神様に感謝するので御座います。
一方、勝三郎に付いて吉原の半蔵松葉屋へ来た尾張屋吉之助は、内緒部屋で勝三郎が戻って来るのを待ちながら、やけに長い対面を不思議に思い始めておりました。
其処で奥の梅川花魁の部屋を覗いて見ると、やけに悲しそうな二人が居ますから、吉之助は驚いて思わず声を掛けて仕舞うのです。
吉之助「中山様、どうかしましたか?やけに塞ぎ込んで…どうかなさいましたか?!」
勝三郎「実は此処に居る梅川花魁は、拙者の元妻、カクカクしかじか、お雪なんだ。」
吉之助「エッ!本当ですか?!」
梅川「ハイ、本当でありんす。」
吉之助「イヤハヤ、何んと謂う縁。信じられません。」
梅川「どうかぁ、尾張屋殿!勝三郎様を宜しくお世話願います。松葉屋のご主人と女将さんには、アチキと勝三郎ハンが夫婦だった噺は既に致してありんす。」
吉之助「いいえ、お世話するッて程は…其れに勝三郎様の兄上、業平文治の親分からは返し切れない恩を受けておりまして…。」
勝三郎「では、お雪。之にて吉之助殿と、拙者は本所へ帰るが…偶には此方へ顔を見せるので、お松共々元気に致しておれ。」
梅川「ハイ、では此のお金を暫くは『重宝天國宝剣』を探す足しにして下さい。」
そう謂うと梅川花魁は中山勝三郎に対して、五十両の金子を手渡します。さぁ、こうして再会した勝三郎とお雪は、十日に一度くらいのペースでお松を交えて逢う様になります。
是には半蔵松葉屋夫婦も大歓迎で御座いまして、十日に一度では御座いますが梅川花魁が勝三郎と逢う時ばかりは、人の内儀お雪に戻るので御座いましてお松と一緒に幸せを噛み締めます。
さて、お松を養女に出した半蔵松葉屋で、中山勝三郎と梅川花魁と成ったお雪が再会して早くも一年半が過ぎたそんな或日。
お松は三歳と相成り可愛い盛りで御座います。そんな寒さを感じ始める神無月(十月)も終わり霜月(十一月)に成ろうとしおります。
吉之助「さて、勝三郎の旦那!お松ッちゃんは三つに成るって事は七五三の宮詣りですよねぇ。」
勝三郎「あぁ、半蔵松葉屋夫婦とお松を連れて、神田明神で七五三だ。」
吉之助「梅川花魁は流石に…。」
勝三郎「勿論、お雪は大門の外へは出られないから…。」
そんな噺をしていると、本所相生町の尾張屋の勝手口に四十凸凹の女乞食が、醤油で煮染めた様な手拭いを頭から被り現れた。
女乞食「右や左の旦那様、一文!一文の銭をお恵み下さい。」
ツーンと酸っぱい臭いのする女乞食。普通の人ならアッチへ行けと蹴飛ばす相手を、人の優しい勝三郎は、懐中よりお鳥目を取り出しまして、
勝三郎「ホレ、之を恵んでやる。」
と、在るだけの小銭を取り出すと、女乞食の掌を取り其処に小銭を乗せて握らせてやります。
女乞食「あぁ、お有難う御座います。アッ!貴方様は…中山様。」
勝三郎「お主は、外崎屋のぉ〜、御内儀ではないかぁ?!どうして…。」
お梶「あぁ、面目ない。」
勝三郎「どうしたんですか?そのお姿は…。」
お梶「先月の大火に巻き込まれて、店は全焼し何んとか妾は命だけは助かって…でも、着の身着のまま焼け出され今は此の通りの乞食で御座います。」
勝三郎「其れは仕方の無い事。之までの人を人と思わぬ悪行が生んだ天罰です。養女のお雪を、お前さんは権三と企んで吉原の苦界に沈めて平気な顔をしていなさった。
之は正しくバチが当たったのですよ!乞食になり果てるのも之、天罰に他なりませんよ。反省や後悔を少しは感じたりはしませんか?!」
お梶「ハイ…面目ない。返す言葉も有りません。」
勝三郎「今からでも遅く有りません。改めて徳を積み心を入れ替えて、真人間に成りなさい。」
お梶「ハイ、重々心得違いをしておりました。之からは頭を丸めて出家致し、罪障消滅の為に諸國を行脚致しまする。」
勝三郎「一度は仮にも親子となった縁が御座います。此処に五両の金子が御座います。之をお恵み致しますから、諸國を行脚して仏の道に触れて改心して下さい。」
お梶「ハイ、お有難う御座います。」
と、お梶は泪を流して是までを悔いて、遂には頭を丸めてお梶は、全國六十余州を行脚して其の生涯を終えるのである。
さて、中山勝三郎は紙屑屋、尾張屋に厄介になり早三年の歳月が流れていました。日々、盗まれた『重宝天國宝剣』を探して廻る中、居候の身ではあるが、
尾張屋の本業である屑の種分けの手伝いを行うのが勝三郎の日課でもあり、主に手紙類の種分け担当なのだが、其の回収された屑の手紙に見覚えの在る宛名を発見する。
普通の回収された屑の手紙は、宛名や差出人の名前は黒墨で消されているか、切り取られて無いものだが、この日の屑の手紙には宛名が『倉田玄龍』そして差出人は『大野林蔵』とある。
どうやら、本所森下町の倉田玄龍宛に、足軽で奉公人の大野林蔵が出した手紙らしいのである。中山勝三郎は作州勝山藩の領主、三浦志摩守に仕えていた時に此の二人を知っている。
そして其の手紙には、下記の様な内容が記されていたのである。
前略、御高免下されたく候。
然らば、貴殿日々盛大の由奉り賀候。
諸事により拙者、甚だ手許不如意につき、誠に困り入り候。
貴殿の御手元に在る金子より、少々お恵み下さらん事をお願い奉り候。
早急に金子の工面頂けぬ時は、『重宝天國宝剣』の一件を公言致す覚悟に御座候。
『重宝天國宝剣』を質入れしてでも、分前を頂戴したき所存なれば、一筆啓上申し候事、夢々忘るゝ事なかれ。
大野林蔵より
倉田玄龍様へ
さぁ、『重宝天國宝剣』の盗難に付いて認めた手紙を発見した中山勝三郎は、見る見る内に血相が変わりまして、さぁ〜、居ても立ってもおられません。
勝三郎「お熊殿。拙者、一寸急用が出来たので、出掛けます。屑の選分けは又帰ってから致す。御免!」
お熊「旦那!何処へ行くんです。うちの人に謂われてるんです、旦那が出掛けなさる時には、必ず、行き先を聴いておけって。」
勝三郎「行き先は時期に判る、そう伝えて於きなさい。」
お熊「駄目です、旦那!私が主人の吉之助に叱られます。」
と、お熊が必死に止めに掛かりますが、中山勝三郎、全く聴く耳を持たず、お熊を振り切り表へ飛び出して、韋駄天の様に駆け出して行きます。
勿論、行き先は謂わずと知れた本所森下町の倉田玄龍の家。其処に『重宝天國宝剣』が在ると書かれた手紙を見付けたのだから止まるはずが御座いません。
さて、愈々、中山勝三郎は『重宝天國宝剣』を奪い返す事は出来るのか?!この続きは、次回のお楽しみで御座います。
つづく